9-36 姫と騎士 (1)
私自身がおうと認めた存在から仕官の誘いを受ける。それも一国の宰相として。
小さな国の小さな王様からの誘いではありますが、正直に嬉しい。
(やるべき事と、帰るべき場所、待ってくれる家族、これらが無ければ、引き受けていたかもしれませんね)
おとぎ話に出てくるような、人ならざる者の住処に魔女が紛れ込んでしまっても、違和感ありませんしね。
それはそれで楽しそう。
しかし、“もっと相応しい者”がいる事も私は知っている。
おとぎ話でもそうですが、お姫様を守り、救うのはいつだって“白馬の王子様”や“誠実な騎士様”と相場が決まっておりますので。
「ダキア様、私はここに残る事は叶いませんが、代わりに良き者を推挙させていただきます。姫に相応しき従者、あてがございます」
「そんなのいらないわよ。私は強いから、護衛役なんていらない。側回りもイローナや他の者もいるから不要。なにより、人間の従者なんて御免だわ」
「私も人間でございますわよ?」
「あなたは特別よ。人間でありながら“幽世に突っ込んだ存在”で、“怪物である私を理解、認識しよう”という姿勢があり、しかも、“父マティアスに対してただならぬ敬意”を払ってくれた。そんな存在、探したっていないわよ」
不敵な笑みを浮かべるダキア様ですが、それはその通りでございましょう。
述べられた三つの条件、それを満たせる存在など、“今”の世の中では私くらいなものですから。
あるいは、カトリーナお婆様でしたらば、更にその上を行く評価も得られたでしょうが、お婆様の後継だからこそ、その知識や技術を継承できたからこそ、こうして人ならざる存在を前にしても平然としていられるのです。
おとぎ話に紛れ込めるのは、人の中にあっては“魔女”くらいなものですわね。
(……行方知れずの魔女レオーネであれば、あるいはと思わなくもないですが)
『処女喰い』の事件の後、忽然と姿の消えた苛烈なる魔女。
彼女は“雲上人”への並ならぬ恨みを抱いています。
あるいは、マティアス陛下の息吹を感じれば、そこからダキア様とは協力関係を築けたかもしれませんが、それはそれで危険。
あの攻撃的な性格では、ダキア様をさらに深い闇へと追い落とし、荒ぶる“集呪”へと変じさせかねません。
復讐を主眼にすれば、あるいはそういう道筋もあったかもしれませんが、それでは母君より託された“優しき心”が潰える事を意味しております。
それだけは断じて許容できませんわね。
「ダキア様、ご安心ください。私が推挙いたします者もまた、今の条件に合致する者でございますわ」
「そんな奴がごろごろいる訳ないと思うけど?」
「まあ、そう思うかどうかは、実際に会ってからお確かめあれ」
「ん? ここに招くの? 無理よ。この屋敷は“幽世”に属する場所。普通の人間が到達できる場所ではないわ。まれにあの世とこの世の境目があやふやになる時に迷い込んだりする者もいるけど、意図的に入って来れるなんて、“こちら側”の存在でない限り無理」
「はい、その通りでございますわね。ですが、今から呼び寄せたる者も、その“こちら側”の存在でありますから」
そして、私は右手の親指に嵌めていた指輪に触れた。
それはかつて私が出会った伝説の怪物“首無騎士”が残した物。
(“雲上人”と戦う時になったら呼び出せ、とか言っていたけど、むしろ今こそこれを使うべきよね)
“ラキアートの動乱”やラキアート大公一家の情報に触れている内に、数々の情報を得る事ができました。
その中で、塔に幽閉された大公一家、その世話係として仕えていたのが、ガンケン、ユラハという兄妹であったという事も確認済み。
(これは決して偶然ではない。人間を核として、“呪”が集まると“集呪”と呼ばれる怪物へとなる。そして、同名の兄妹、かつては大公一家の従者、今は怪物の兄妹。間違いなく同一存在だわ)
なにしろ、目の前に百年前に生まれた幼子が今なおを存在している。
名前や状況など、結びつく者があまりにも多い。
ならば、呼び出して確認しようと、私は意識を集中させました。
「時は満ちた。今こそ、我が召喚に応じよ。我が名はヌイヴェル=イノテア=デ=ファルス、その名において命じる。汝の名はガンケン。契約に従い、我が前にその姿を示せ!」
必要になったから呼ぶ。
契約と召喚、その触媒は渡された指輪。
私の呼びかけに応じたのか、指輪が眩く輝き始めました。
すでに外は闇夜であり、明るく月が輝いているのが窓から見えます。
その月が、部屋の中に現れたかと思うほどに輝き、そして、割れた。
何が割れたのか?
それは窓ガラスだ。
何の事はない。呼ばれたから来てみれば、窓もなければ、煙突もなく、部屋に入る事が叶わない状態なのだ。
ならば、ぶち破ろう、という自然な発想ですわね。
契約は絶対。一度限りとは言え、呼ばれたからには馳せ参じねば、それこそ騎士の誉れが鳴く事になる。
もっとも、“主君に顔向けできない”からこそ首無騎士になってしまったかと思うと、いささか複雑な心境です。
(ならば、今はそれを取り持ってあげましょうか。久方ぶりの再会、囚われて、抜け出して、どこかへ行ってしまったお姫様と、それを守るべく馳せ参じた騎士、その間をね)
そして、盛大に窓ガラスを待って現れたのは、以前と同じく緑一色の出で立ち。
全員を覆う鎧、そして、外套に至るまで、その全てが緑色。
森の中をさ迷い歩けば、木に足でも生えたのかと思わせる出で立ち。
お変わりないようで何よりですわね、首無騎士ガンケン様♪




