9-28 母と娘 (3)
世の不条理、歪みを一身に受けた存在。
少女の面影を残しながら、中身は怪物。
(そのくせ、力は圧倒的ですからね。その気になれば、いくらでも“暴君”として振る舞える。しかし、それをやらない)
つまり、我慢、忍耐という名の“理性”を持っているという事でもあります。
やれやれ、こんな可愛らしくて理性を持ち合わせた存在が、世界を滅ぼす存在とは思えませんね。
神話などで語られる“集呪”、それが嘘や誇張で塗り固められているのが分かりますとも。
(……であるならば、以前であった首無騎士と同様、会話が成立して取引ができるという事でもある。もちろん、しくじれば胃袋に収まるという危険なものではありますけどね)
しかし、もう私の中では確信を得たに等しい。
今までの会話から、目の前の怪物、いえ、少女の本質はみえてきましたので。
あとはそれこそ“詰将棋”。
相手の感情を激発させることなく、相手の琴線に触れてしまえばよい。
口八丁は、私の最も得意とするところ。
しかし、相手はどの程度かは分かりませんが、“読心”まで使えるようですので、上辺だけの虚言は却って危険。
(ならば、率直に私の読みと気持ちを表明する事こそが最適解!)
そう考えますと、私の頭は自然と下がっていました。
着座したままではありますが、相手への最大限の敬意を示す。
それを向けるに相応しい相手がいるのですから。
「…………? なに、急に改まって?」
ダキア様の声色からも、困惑の色が漏れ出ていますわね。
まあ、無礼な口をきいていた者がいきなり神妙になれば、困惑の一つでもするでしょう。
しかし、これこそが私の率直な抱いた気持ちなのですから
「ダキア様、感服いたしました」
「感服? 何に対しての?」
「あなた様の有様についてです。あなた様こそ、“王”たるに相応しい。そう思えばこそです。その姿勢、見習いたく思います」
まあ、私は魔女でございますから、王侯とは程遠い存在。
しかし、ダキア様の“王侯”としての態度は、実に魅力的です。
はっきり言えば、フェルディナンド陛下などよりも熟達しているとさえ思います。
(百年という長きに渡り存在し続けてきたが故か、あるいは“本物の英雄”を間近で見ていたがためか)
見た目は可愛らしい子供であり、怪物でもある。
しかし、その中身は王侯の、貴人のそれを身に付けている。
かつて折檻してあげましたブタの姿をした伯爵もどきとは違いますね。
そう、“貴人の心得”の有無こそ、貴人の証明。
目の前の少女にはそれがあります。それも“とびきり”のものが。
「なによ、いきなり神妙になってさ。命乞い? 怪物に食べられるのが怖くなっちゃった?」
「いいえ、それは勘違いです。私は本心から、あなた様に対して敬意を示しています。その気高き心意気に感服して」
「媚びやおべっかで、命を繋ごうとでも?」
「ダキア様、ご自身を怪物だなんだと卑下なさっていますが、それは違います。その怪物としての姿こそ、あなたの誇り、あなたの強さ、あなたの本質」
確かに吸血鬼は、数々の話に登場する恐るべき存在です。
闇夜を支配し、人を襲っては、その血肉を食らう。
数多の魔術を駆使し、夜の帝王と呼ぶに相応しい存在。
しかし、だからこそ目の前の少女は気高くあれる。
それが半ば無自覚であったとしても、です。
「吸血鬼とは、文字通り“血を吸う存在”です。血とは、魂と魂を繋ぐ通貨であり、父母から子へと引き継がれる。しかし、吸血鬼は他者からも受け取れる。それゆえに、破壊を企図する暴君として振る舞い、逆に創造を司る仁君にもなれる」
「バカな事を言う……。神に反逆し、怪物に成り果てたこのあたしが仁君? それこそ、腹抱えて笑うような戯言ね」
「いいえ、それは違います。ダキア様は御自身の本質に気付いていない」
「あたしの本質?」
首を傾げて尋ねてきますが、これがまた愛らしく、同時に恐ろしい。
その深紅の瞳は夜に似つかわしくないほどに輝いています。
さながら、月が血で染め上げられたかの如く。
「父と母、それより受け継いできたもの。それは宝石よりも輝かしく、大樹のごとく天高くそびえるもの。ダキア様が“反抗心”を磨き上げた結果です」
「反抗心、ねえ。そりゃ、あたしは日陰者として暮らしているわ。太陽が眩しすぎてね」
「はい。ですが、それは“一人”だけの世界ではありません。この屋敷の中に、幾人の召使いが、あなた様が拾い上げてきた者がおりましょうか?」
「拾い上げたなんて、そんな大したもんじゃないわ。神様が捨てたから、あたしが代わりに拾ってあげただけよ」
「そう、それこそがあなたの“本質”なのです」
口では怪物だの、暴君だのと言っていますが、それはある意味では正解。
怪物として、暴君として、好き放題にできるだけの“力”があるのですから。
しかし、神話で語られる“集呪”のように、殺戮や破壊を目的として暴虐な存在ではありません。
それこそが、目の前の少女の心の柱。
「ダキア様、あなたは勝手気ままに振る舞えるだけの力がある。しかし、それをしない。だからこそ、断言できる、あなた様の本質、心根が」
「……それは?」
「あなた様の本質はずばり、“優しさ”です。誰よりも優れた“愛情”を持ち、それを皆に振り撒いている」
私が見出した率直な感想。
目の前の少女の姿をした小さな暴君の本質、それは“愛”だという事。
誰よりも深い愛情を受け取り、今度は自分がそれを振り撒いている。
その“優しさ”こそが、暴君の本質なのです。




