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9-24 悪への教導

 私の今まで得てきた情報を披露しましたが、ダキア様は複雑な表情をしています。


 裏切り者、そう思っていたヤノーシュとコルヴィッツが、欲の皮の突っ張った行動からではなく、領地領民や家族を優先してのやむを得ぬ行動であるという可能性が出てきたからです。


 裏切り者は裏切り者、されどそうせざるを得ない理由がある。


 今までは敵意のみでしたが、それが覆ったのですから、心中は複雑です。


 教会の改革を志したマティアス陛下は、志半ばで囚われの身となり、同調した貴族の多くは粛清されました。


 その結果は、二人の裏切りによるもの。


 その後も残党狩りと称する“魔女狩り”が横行し、各所でそれが繰り広げられたのは、予想外だったでしょうが。



「“魔女狩り”の被害は想定よりも大きかった。少なくとも、魔女狩りが拡散するきっかけとなった『魔女に制裁をサンチオナーレ・ステレーガ!』の本は、執筆者の意図するところを大きく超えたのではないか? というのが私の考えです」



「それって、ヤノーシュとコルヴィッツが書いたって言う……」



「実際には、二人の手記を元にして、別人が書いたようですがね。ただ、二人にしても、“魔女狩り”を回避するために、一応は従順なふりをせねばならなかったため、執筆の補助をしなければならなかったのではと思います」



 あの二人も苦しい立場であった事は、容易に想像できますわね。


 身内を売り飛ばして当面の安全を確保したとはいえ、世間は動乱の影響で揺れに揺れている時期。


 下手な振る舞いは、教会の、“雲上人セレスティアーレ”の疑心を呼び、付け込まれる切っ掛けになるかもしれませんから。


 少なくとも、表面的には従順にしておかねばならない。


 トンデモ内容の偽書の作成にすら加担するのも、付け入る口実を与えないための二人の擬装。



「しかし、二人の思惑とは裏腹に、その作られた本は暴風となって世界に荒れ狂う。二人の大公が“そのまま見聞きした内容”という触れ込み、教会の教導、そして、活版印刷術による書物の大量生産。今までにない速度で広がっていた事でしょう」



「そうまでして父の名を貶めたいのか、教会の連中は!」



「それほどまでに脅威に感じたのでしょう。当時の教会の上層部や、その裏にいる“雲上人セレスティアーレ”は」



 今は割と風通しの良くなった教会ではありますが、それもこれもカトリーナお婆様が“雲上人セレスティアーレ”の説得に成功し、改革が成されたからです。


 数十年の時を経て、マティアス陛下の意志が実を結んだ結果と言えましょう。


 しかし、その数十年間は、まさに暗黒の時代と呼ぶに相応しい魔女狩りの時代。


 人々は疑心に捉われ、身内であっても、疑わしきは告発するという荒廃した世界だったそうです。



「まあ、その辺りは仕方がないでしょう。そもそも、人々の多くは無学で、無学ゆえに教えられるままに頭に入り、教導されてしまう。普段通う教会の儀典ミサなどで、司祭が“悪魔公ヴァーゴドラーク”の忌まわしき記録(・・・・・・・)を教え、『魔女に制裁をサンチオナーレ・ステレーガ!』を勧めてきましたらば、大抵の人は騙されてしまう事でしょう」



「ほら、やっぱりそうじゃない! 人々が父を悪魔に仕立てた! “剛竜公バートリードラクール”は“悪魔公ヴァーゴドラーク”へと追い落とされ、いつしか怪物にさせられた!」



「それを当時の人々を責められませんわ。あくまで責められるべきは、権勢欲に凝り固まった“当時”の教会側の姿勢ですから」



「どいつもこいつも同罪よ! 見なさい、あたしのこの姿を!」



 ダキア様は両手を広げ、さあ自分を見ろと私を睨みつけてきました。


 装い自体は非常に可愛らしい。薄めの赤の寝間着ネグリジェで、まさに寝起きの姿そのもの。


 しかし、叫ぶ口からは鋭い犬歯が見え隠れし、興奮してさらに赤みが増したと思えるほどの眼が、人ならざる者である事を聡明しています。


 なにしろ、目の前の少女は吸血鬼ヴァンピーロなのですから。



「悪魔の子は悪魔! 怪物の子は怪物! 悪魔公マティアスは堕落と腐敗の象徴であり、その血を引く子もまた、それに倣う事だろうと、怪物として人々から蔑まれた! それこそ、人の想いが私を怪物に変えた! 私の異形な姿こそ、その証!」



「否定は致しません。人々の目を曇らせ、心を歪ませたのは、間違いなくその本でしょう。まんまと騙され、本来の歴史は嘘で覆い隠された。本来のラキアート大公一家の“悪名”と引き換えにして」



「それをもたらした教会は、あたしの敵だ! その口車に乗った阿呆も敵だ! みんな、みんな、あたしの敵だ!」



 真相を暴いたところで、今となっては時すでに遅し。


 時間の流れにして、動乱からすでに百年が経過していますからね。


 今や当時を知るのは、目の前の幼きままの少女一人。


 ただ一人、時の中に取り残され、怒りをぶつける先も、宥めすかしてくれる家族も仲間もなく、ただただゆっくりと流れる時の中に揺蕩たゆたいし哀れな旅人。



(無理もないか。このような屋敷に閉じ籠り、深く考察することなく、ただただ人間を嫌い、餌として補食してきたでしょうしね)



 怒り任せに、私に襲い掛かって来るともしれない危険な状態。


 しかし、ここからが本番。


 上げて落とし、落として上げる、これが話術の妙技でございますよ。


 ここからがむしろ本番。


 今や怒りにて、頭の中が吹き飛び、空白に近い状態。


 そこに“滑り込む”。


 滑り込むは、私の甘い囁きと、“掴んだ真実”。


 さあ、ダキア様、本当の自分に気付く、そんな胸躍る旅路に出てみましょうか。


 水先案内人はこの私。


 魔女の三枚舌にて、その揺れ動く心を完璧に解してさしあげますわ。

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