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9-23 視点を変えれば

 ダキア様にとっては認め難いでありましょうが、マティアス陛下を裏切ったヤノーシュとコルヴィッツは、世間一般では“英雄”。


 世に災厄をもたらした悪魔公ヴァーゴドラークマティアスを討ち取るに際して、大いなる功績ありと教会側が認めているのですから。



「信じられない……。父を裏切っておいて、よくもまあ!」



「お怒りはごもっともですが、それも視点、見方の問題なのです」



「偽書に騙され、教会の説く偽りの情報を信じた愚民どものせいじゃない!」



「その民草を確実に守るための手段が、裏切り行為だったのですから」



 大きな賭けになる改革よりも、あえて権力者に媚びを売り、自身の一門の安全を図る。


 その気持ちは分からなくもないですね。



「ダキア様、よくよくお考えください。敵は強大。勝つ見込みが分からない。ならば、自分の家族だけは、あるいは領地領民だけは保持したい。そう考える保守的な者はいくらでもいます。教会側が折れて、穏便な解決が図れるのであればそうするでしょう。しかし、その後の歴史がそれを明確に否定しています」



魔女狩り(カッチアーレ)……」



「そう。徹底したマティアス一派に対しての粛正と残党狩り。しかも、それを神の名において実施しました。絶対に許さない、その意志が感じられますわね」



「神の名を騙るなど、やはり父の志した改革は正しかったって事じゃない!」



「改革の志は正しかったのは、間違いありません。しかし、人々が全てそれを受け入れるほど、成熟していなかったのも事実。もし、あのまま改革を進めようとすれば、世界全てを巻き込む大戦になっていた可能性もあります。魔女狩りすら比較にならない程の流血が、世界中で展開される可能性すらあったのです」



「だからって、自己保身!? 身内を売り飛ばして!?」



「ヤノーシュも、コルヴィッツも、苦渋の選択だったのでしょう。“最悪”を回避するために、“最低”な行為に手を染めるほどに」



 親友を売る。実兄を売る。


 それは途轍もない重い罪です。


 しかし、二人はそれを肯定してしまった。


 領地領民を守るために、人として最低な行いを実行に移してしまった。



「その後は、ダキア様もご存じの通り、各地で魔女狩りが行われ、徹底的に魔術と言うものが忌避された暗黒の時代が到来します。魔女は悪魔の手先であり、世界に悪をもたらす“集呪ガンドゥル”を呼び起こす、と」



「あたしも時折だけど、その光景を眺めていたわ。夜にほんのちょっと遠出した時なんか、奇麗だったわよ。燃え上がる磔台とかね」



 皮肉交じりの侮蔑、冷笑する少女は背筋に寒気すら覚えます。


 こういう雰囲気を出せるのも、怪物だからかもしれません。


 何よりも、動乱の渦中にいた当人ですから、その後の教会側のやり様は憤激でありましょうね。



「各所で繰り広げられた惨劇、そのほとんどが証拠に因らない拷問と、自白の末の処刑です。しかし、だからこそ、裏切り者の二人のその後が光る」



「と、言うと?」



「ヤノーシュとコルヴィッツ、二人の領地においては、魔女裁判の記録も痕跡も、ほとんどないのですよ。少なくとも、二人の治政下においては」



「え!? そうなの!?」



 眼を見開いて驚くダキア様ですが、これは紛れもない事実。


 私も魔女の端くれとして、過去において魔女という存在を貶めた暗黒時代を知るべく、記録を読み漁っていた時期がありました。


 凄惨な拷問、処刑が繰り広げられた数十年の記録は、本当に“人間”と言うものの愚かしさを痛感させるに足る史料ばかり。



「抱くのは、嫌悪ではなく感謝にしなさい。そんな暗黒の時代においても、知識は途絶えることなく、今に伝えてくれた者がいるのですから」



 カトリーナお婆様のこの言葉が無ければ、私の摩れ具合(・・・・)ももっと酷いものになっていたでしょうね。


 魔女は知識の信奉者であり、同時に探究者でもある。


 憤怒や絶望ではなく、純粋に知識と技術を紡ぎ、未来に希望を持て、と。


 幾度となくお婆様に諭されました。



「世間が魔女狩りで荒れ狂う中、ラキアート大公国とガドゥコラ大公国の領内においては、魔女狩りに関する記録が他所に比べて極端に少ない」



「隠蔽していたとかでなく?」



「当時はむしろ、“雲上人セレスティアーレ”への、教会への帰属心を見せ付けるために、ほとんどでっち上げに近いものであっても、マティアス一派の残党を始末したと各地の貴族が喧伝していましたからね。教会に睨まれないためにも、魔女狩りをやっていました」



「じゃあ、二人はその“狂奔”に加わらなかったって事!?」



「なにしろ、マティアス陛下に最も近しい二人ですから、マティアス陛下が無実の罪に貶められた事を、誰よりも知っていたのでしょう。だから、魔女狩りなどする必要もなく、逆にせめてもの教会側への抵抗の意思でもあったのでしょうね」



 と言っても、これはあくまで前後の情報からの推察に過ぎません。


 実際、暗黒時代とは思えないほどに、二人の生存中は二つの大公国は比較的平穏に過ごせていましたからね。



「特に大きかったのは、二人は“お忍び”で領内を回り、人知れず領民の悩み事や問題を解決して回った、という伝説が残っている事です」



「そんな事を二人がやっていたの!?」



「だからこその“英雄”なのです。英雄とは、力なき者の代弁者であり、代行者なのです。自分達の力及ばぬ事を、その並ならぬ知恵と行動力、そして、暴力によって解決してくれる存在の事を指して言います。知恵なき民衆を救うため、身分を偽り、密かに助ける。まるでおとぎ話や英雄譚のようではありませんか」



「でも、二人は父を裏切った」



「それは事実ではありますが、領地領民に重きを置いた場合、どちらがより正しかったのかという事です。裏切り行為も、視点を変えれば“領地領民を守り切った”という結果が残っているのですから」



 私はきっぱりと言い切りましたが、ダキア様は納得されていない様子ですね。


 怒り自体は抑えられたようですが、長年の価値観、信条が揺らぎ始めているため、どうにも感情を上手く表現できていない事が、表情から読み取れます。



「それに、二人は魔女と呼ばれる存在を“保護”していたのですから」



「保護!? 魔女狩りが横行していた時代に、魔女の保護!?」



「そもそも、魔女なる者は誤解の産物。私も魔女を名乗っておりますが、悪魔に魂を売った覚えはありませんのでね。ただ単に、一般人よりも知的好奇心と知識量が多いだけに過ぎません。まあ、ごく稀に“条件付け”に成功して、魔術を行使できる者になる場合もありますが、基本的には人間です」



 だいたい、ちょっと薬草に詳しいとかで、こいつは魔女だと連行されたのが暗黒時代なのです。


 他にも、家族が熱を出し、夜中に水くみに出かけただけで、魔女の宴(サバト)に向かっていたとか、馬鹿げた話ばかり。


 しかし、それがまかり通っていた時代があったのも、事実ではありますけどね。



「二人が各地を名を伏せて放浪していたのも、実は魔女を密かに保護していたという話なのです」



「その証拠は何かあるの!?」



「状況証拠ではありますけどね。魔女は自身の研究成果を後世に知識として伝えますが、暗黒時代にはそれが命取りになります。見つかれば処刑、蔵書も悪魔の魔導書として焚書されてしまいます。そこで、良く用いられたのが、“擬態された本”だったというわけです」



「研究成果の暗号化、というわけね」



「はい。私の祖母が集めた蔵書群には、そうした擬態された本がたくさん含まれていました。薬草に関する書物は、料理本となり、星の流れを記録した天文学の書は、古典物語風に記されていました。そして、そうした書物の出所は、ラキアート大公国、ガドゥコラ大公国であったと伺っています」



「…………! そうした書物が残っていたって事は、魔女もまた多く生き残っていたという事ね!?」



「親友を、実兄を裏切った二人の、せめてもの罪滅ぼしだったのではないでしょうか? 後世に改革の灯を残し、いずれそれが再び息を吹き返すように、と」



 そして、その試みは成功しました。


 そうした“魔女の残り香”はカテリーナお婆様の下で集約され、世界を改変させるほどの大魔女グランデ・ステレーガへと昇華させたのですから。


 私が“ラキアートの動乱”に注目したのも、その収集物の中に事件の裏側について記されたものがあったからに他なりません。


 私もそうした蔵書群は全て頭に叩き込んでいますが、それでもなおお婆様の領域には到達できていません。


 どうやって教会に翻意させ、改革を成し遂げたのか、その点がいまだに謎。


 知識だけではどうしようもない、何かしらの“閃き”があったのでしょうが、それをなおも追い求めているのが今の私。


 一つ謎を解けば、また一つ別の謎が生じる。


 いやはや、探究の道は実に果てがない事です。

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