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9-21 ベストセラー

「ときにダキア様、『魔女に制裁をサンチオナーレ・ステレーガ!』という本をご存じでしょうか?」



 ここで私は不意に質問を投げかけました。


 それは一冊の書物に関する事で、今述べた『魔女に制裁をサンチオナーレ・ステレーガ!』という題目の本。


 私の書斎にも置かれている本で、今となっては全くの無価値な本でございます。


 そもそも、存在自体が無価値であり、むしろ害悪とさえ言える低俗な書物。


 しかし、発行数だけで言えば、活版印刷が世に生み出されて百年余りの内、最も世に出回った大量生産品でもあります。


 低俗で見るに堪えない内容ですが、それが“最も発行された本(ベストセラー)”。


 その数は、この百年で言えば、教会の発行する聖書すら上回る程の発行数。


 何万冊、何十万冊と延々刷られ、人々に浸透していった代物。


 しかし、ダキア様の反応は薄く、首を傾げるだけ。



「知るわけないでしょ。そもそも、呑気にお買い物なんてできる身分でもないし」



「ああ、それもそうでしたわ」



 よくよく考えてみれば、吸血鬼ヴァンピーロは日光が苦手でしたわね。


 今もこうして日の沈む夕暮れ時に目を覚まして、寝起きの夕餉を楽しんだところでありますから。



「あら? では、ここで食べている食料や、その他の調度品などは?」



「もちろん奪って来るのよ。怪物が人を襲って何か悪いかしら?」



「世間一般的には“悪事”に該当いたしますね。窃盗罪やらに抵触しますが?」



「それは人の世界の法でしょ? どこの領主に所属しているでもない、人外の領域に適応されるとでも? ここでの法律は唯一つ、“弱肉強食”よ」



 実に分かりやすい。


 力こそすべてだと言わんばかりの態度と言葉。


 その言葉の端々から、虐げてきた者への復讐をにじませています。


 実際、“雲上人セレスティアーレ”が教会を介して各地の貴族を強化し、その貴族の下に一般庶民がいるのですからね。


 奪う事に一切、罪の意識無し。


 奪われたのであれば、奪い返す。


 欲するからこそ、強引に掠める。


 怪物とはかくあるべしとの、お手本のようなやり方でありますね。



「で、その『魔女に制裁をサンチオナーレ・ステレーガ!』がどうかしたの?」



「その本は悪魔がいかにして人々を堕落させるか、あるいは魔女に仕立てるかを記されています。その具体的な例とともに、いかに悪魔や魔女が悪辣な存在であるかを描き、そのための対処法まで書かれています。まあ、見るに堪えないバカバカしい内容ではありますが」



「なるほど、見えてきたわ。要はそれが、追加された新しい経典。“魔女狩りの聖典”というわけね?」



「その通りです。“ラキアートの動乱”以降、人々は悪魔に魂を売ったとされる魔女を狩り立てる事に狂奔しました。その大元となったのが『魔女に制裁をサンチオナーレ・ステレーガ!』という書物」



「やる事が変わらないわね、教会は。神話なんていう御大層なものの次は、嘘で塗り固められた“ラキアートの動乱”の固定化ってわけね」



「そうです。その本を教え広める事で、動乱の真実を覆い隠し、同時にマティアス陛下によって“汚染”された者を徹底的に潰して回った。“反言霊アンティ・プネウマ”がそれほどまでに脅威だったのです」



 他にも、私のような“魔女”を狩り立てる意味もあったようですがね。



(なにしろ、“魔女狩り(カッチアーレ)”と“天の嫁取り(セリ・フィティーナ)”は表裏一体。動乱による混乱をマティアス一派に押し付けると同時に、魔術の才ある者を根こそぎ狩り立て、二度と“反言霊アンティ・プネウマ”のような厄介な魔術が生まれないようにするための、地上の管理強化ですからね)



 狩られる側からすれば、たまったものではないですからね。


 しかも、これはカトリーナお婆様が辞めさせるまで、数十年間繰り広げられた血生臭い出来事。


 私に言わせれば、“雲上人セレスティアーレ”やその口車に乗って魔女狩りに奔走した者達の方が余程、怪物に思えてしまいますわね。



「そして、悪魔に魅入られた悪しき存在の具体例として記載されていたのが、他でもないマティアス陛下だったのです」



「父の名誉をそこまで汚すか、雲の上の阿呆共は!」



 何度も何度も机を叩き、怒りの感情をあらわにするダキア様。


 まあ、嘘の情報を拡散され、世界のために立ち上がったはずの“英雄”が、悪魔の尖兵に成り下がったのですから、娘としては怒るのは当然でしょう。



「我が家にもその本はあるのですが、その内容は……、マティアス陛下に関する記述に関しては、妙に具体性の高いものであり、実際に見てきたかのように描かれていました」



「余程、嘘の上手い奴が書いたんだろうね!」



「ええ、そうです。なにしろ、その部分の多くはヤノーシュ、コルヴィッツの両名によって書かれていたのですから。無論、お心当たりはございますね?」



「その名前、忘れるわけないでしょ! ヤノーシュは父を幽閉したガドゥコラ大公で、親友面していながらここぞという場面で裏切った痴れ者! コルヴィッツは父からラキアート大公の地位を奪った叔父の名だわ!」



「親しき者、身内なればこその具体的な内容。相手を騙す際には、嘘と真実を織り交ぜるのが一番ですからね」



 情報の中にどくを潜ませるなど、情報戦では基本ですからね。


 真実の中に虚偽情報を混ぜ、本当の部分があるからこそ嘘の部分にも信憑性が生じると言う訳です。


 『魔女に制裁をサンチオナーレ・ステレーガ!』にもまた、その手法が用いられていました。



「『魔女に制裁をサンチオナーレ・ステレーガ!』に書かれた記述は嘘が圧倒的に多いですが、マティアス陛下に関する部分は妙に具体的。まさに、見てきた者の生の情報という訳です」



「どうせ都合の良い情報を組み立てただけでしょ! どこまでこちらをコケにしたら気が済むのよ、あの二人は!」



「表向きはマティアス陛下が数々の不正を成し、度し難い残虐行為を働いたと言う事になっております。重税とそれに従わぬ領民への圧政の数々、教会への反抗もその一環。自分が神に取って代わろうとも」



「本当に低俗な本ね!」



「ですが、それがその後の世界の常識を作った。竜は地に落とされ、神を騙る天の使いが好き放題にやった結果が、悍ましい魔女狩りという訳です。悪魔公ヴァーゴドラークマティアスの残滓を全て消し去るべし、と唱えながら」



 実際、私も深く“ラキアートの動乱”を調べるまでは、それが真実だと思い込まされていましたからね。


 ただ、幸運だったのは大魔女グランデ・ステレーガの孫であったため、情報が量も質も格段に恵まれていた事でしょうね。


 暗号じみた薬草の手引書も、実は過去の事件の記録という事もありました。


 ほんと、カトリーナお婆様はどうやって魔女狩りを止めさせたのか、それがいまだに謎ですね。


 その“何か”を求めているのが私。


 娼婦として働く傍ら、ずっと探究してきましたからね。


 ただ今は、目の前の少女を宥める事に頭を使いましょう。


 “雲上人セレスティアーレ”に怒り心頭とは言え、それは程々でなくてはならない。


 強すぎる怒りは、視野狭窄を招きますからね。

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