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9-20 暴力の代行者

「一言で言うなれば、“英雄”でございましょう」



 それこそが、私の抱くマティアス陛下への評価。


 世間では悪魔だ、反逆者だと言われておりますが、それは表面的な情報を眺めただけの評価。


 危険を冒し、深淵を覗き込む者だけが抱ける評価こそ、“英雄”。


 世界の真実に挑む者だけが抱ける視点。



(さあ、これにどう返して来ますか?)



 表面的には、お世辞を述べているように聞こえるかもしれません。


 父の事を褒めてくれるのであれば、娘としては嬉しいはず。


 しかし、目の前の少女はただの娘ではなく、“大公女プリンチペーサ”である事。


 さらに言えば、正式に認められたものではないとは言え、心構えだけは“女大公グランドケッサ”にまでなられている。


 素直に喜ぶのか、それとも懐疑的になるのか、さあ、どちらですか。



「英雄、ねえ。魔女ヌイヴェル、あなたが父に対して“英雄”だと判断した、その根拠は何かしら?」



 僅かな沈黙の後、ダキア様より放たれた言葉は“疑惑”。


 私に対して、若干の苛立ちを覚えているようです。


 下手な世辞でも述べた、そう判断したのでしょう。



(……が、それは読み通り。嫌悪と好意の落差を以て“堕とす”。上げて落とし、落として上げる、緩急は話術で相手を乗せる基本中の基本ですわよ)



 何より重要なのは、浅い言葉でつっこみを入れさせ、“連続で質問させた”という事。


 後は途切れないように、質問攻めにさせれば、こちらのものですわ。


 質問とは、興味の裏返し。興味のない事、益のない事に、誰も質問などしないのですから。


 取っ掛かりを得た事ですし、徐々に浸透してきましょうか。



「マティアス陛下は人々を惹き付けました。多くの人々の支持を得て、それゆえに教会側、“雲上人セレスティアーレ”もまた、その存在を無視できなくなった。あまりに大きくなり、目障りになったがゆえに“粛正”という強硬手段に出たのがその証」



「ええ、そうね。あたしが生まれる前だったけど、父は傲慢な教会側の姿勢を改めさせるべく戦ったと聞くわ」



「はい、その通りです。しかし、それは多くの人々には叶わぬ事。教会に楯突けばどうなるのか。異端者、魔女、反逆者、様々な汚名の先にあるのは、自分どころか一族すら火に放り込まれる末路がある」



「何より、“言霊プネウマ”がある限り、そもそもの反逆も不可能」



「おや、“言霊プネウマ”の事もご存じでしたか」



「幽閉先の塔に“雲上人セレスティアーレ”が、しつこいくらい訪問してたからね。その際、“言霊プネウマ”と“反言霊アンティ・プネウマ”について知ったわ。塔にいた頃はまだ幼かったから、よく分からなかった事だけど、今なら分かる」



 声色から、完全に“余裕”と“享楽”が消えてしまいましたね。


 はっきりと言えば、“憤怒”の色しか残っていません。


 私との会話を楽しむのではなく、純粋なまでの“雲上人セレスティアーレ”への怒り。



(しかし、それが良い。その怒りが“雲上人セレスティアーレ”に向いている限り、私には攻撃してこない。感情を誘導し、話をさらに深める!)



 私自身、“雲上人セレスティアーレ”に対しては、かなり懐疑的ですからね。


 裏を見てきたがゆえの、当然の帰結です。


 まして、迫害の原因である以上、その責め苦を受けた当人であればなおの事。


 事実、目の前の小さな暴君は怒りのあまり、椅子の肘置きを無意識的に掴み、握り潰してしまいました。


 吸血鬼ヴァンピーロは怪力だと聞いていましたが、それが証明されましたわね。


 怖い怖い。



「先程、マティアス陛下の事を“英雄”と評しましたが、その力があればこそです」



「力、父が力を持っていたから英雄だとでも?」



「力を持ち、同時に行動に移せる者を“英雄”と人は呼ぶのです。そして、その本質は“暴力の代行者”を求める人の心なのですから」



「暴力の代行者……」



「はい。“雲上人セレスティアーレ”の支配は絶対的。長年植え付けられた教会、神への畏怖がこびり付く人々にとって、神の代行者と呼ばれる“雲上人セレスティアーレ”への反抗など、考えられません。考えたとしても、法王の一声で無かった事にされるのですから」



「それゆえに、父が英雄であると?」



「誰も成し得ない“神への反逆”を実行し、しかも一定ではありますが、それを成したのですから。本来ならば逆らえない者への反逆を企図し、実際に背いてみせた。殴りたいけど殴れない相手を、その横っ面を引っぱたいたのがマティアス陛下のなのです。それゆえの“英雄”なのです」



 人は誰しも鬱積を抱えるものです。


 不平不満があり、それが時に口論となり、果ては暴力へと発展する。


 しかし、暴力は良くないとどこかで感じるもので、それゆえの“我慢”。


 “英雄”とは、まさにその“暴力の代行者”。


 不平不満を一太刀で両断し、不満あくを粉砕する。


 人々が求めてやまない英雄そのもの。


 横柄な教会の態度を改めさせようと立ち上がり、人々を勇気づけたマティアス陛下はまさにそれ。


 しかも、当人は無意識でありましたが、“反言霊アンティ・プネウマ”という明確な武器まで持って、教会に反旗を翻したのです。


 教会への不満があればあるほど、マティアス陛下は英雄に映る。



(ただ、結局はそれが失敗に繋がりましたが。マティアス陛下は真面目であっただけに、真正面から論争を挑んで翻意を促そうとした。結果、その真面目さが仇となり、罠に嵌められて幽閉される結果になった)



 これも良くある話です。


 真面目な方が悪辣な手法で引っかかり、敗れてしまう事など。


 私もどちらかというと、奸智で相手をハメることを得意としていますからね。


 力なき者の悪知恵でございますよ。


 “雲上人セレスティアーレ”からしても、数多の魔術を使える分、普通の地上人よりかは優秀でありますが、数が少ないという欠点もありますからね。


 なにしろ、男ばかりの種族で、繁殖には人間の女性を連れて来なくてはいけないという、生殖における完全な欠陥品。


 山の上、雲の上がどういう構造なのかは知りませんが、そうした手間を考えますと、個体数は多くないのは考えれば分かる事です。


 その数の差を覆すだけの力が、“言霊プネウマ”にはあります。


 しかし、その“言霊プネウマ”による支配にひびが入るとなると、数が少ない分、一気に劣勢に立たされるのは確実。


 それを理解すればこそ、狡い手の一つや二つ、用いるというものですわね。



「そうよ、父は間違っていない。人々が求めても届かない“自由リベルタ”を求め、そして、立ち上がったんだから……」



「しかし、その試みは失敗しました」



「腹立たしい! 何も間違っていないのに、なんであんなふうに!」



 怒りと共に振り落とされるダキア様の拳は、無意識のうちに目の前の机を破壊してしまいました。


 全力と言う訳ではないでしょうに、大した威力です。


 思わず仰け反りそうになりましたわね。



「敢えて“間違っている”という言葉を用いるのであれば、やり方が不味かった、とでも言った方が良いかと思います」



「いけ好かない奴に一発かますのが、良くないと!?」



「やり方の問題です。いかに傲岸な領主、上役が相手と言えども、手順を踏まずに殴りかかれば、それは立派な反逆罪です。同志を募り、以て教会への圧力と変えるのはよかったですが、いささか性急に過ぎました。それこそ地上人全員が、“言霊プネウマ”への耐性を得てから交渉に臨んだ方が、より確実だったでしょう」



「暴力の代行者、英雄を求めた人々の願い、父はその期待に応えるべく動いた」



「しかし、よもや身内に裏切り者がいたとは考えなかったようですわね。親友と実弟に裏切られ、さぞや無念だったでしょう」



 マティアス陛下の失敗も、裏切り者を間近においていた点に尽きますからね。


 行動や考えが筒抜けとなり、結局囚われの身になってしまった。


 それは欲望か、あるいは嫉妬から来るものか、今となっては分からないものですが、今なお当事者がいるのは事実。


 果たして目の前の少女は、父のごとく英雄となるのか?


 あるいは逼塞して静かに暮らすのか?


 それとも第三の道を見出すのか?


 さて、今少し煽ってみましょうか。

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