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9-15 無辜の怪物

 名前も、存在さえも抹消された子供。


 反逆者・ラキアート大公マティアス陛下の娘。


 百年前、“ラキアートの動乱”の後、塔へと幽閉されたマティアス陛下とその奥方の間には子供がおり、奥方が幽閉された際に身籠っていたと記録に残っています。


 しかし、その数年後に奥方は塔より身投げして、生まれたであろう子供については一切知られていません。



(死んだのか、生きていたのか、そもそも生まれていたのか、それすらあやふや(・・・・)。あくまで、幽閉前後の記録から“いたかもしれない”という情報だけ。しかし、もし子供がいたのだとすれば、その子供は……!)



 “ラキアートの動乱”は徹底的なマティアス一派への弾圧や粛清が行われたのだと、数々の書籍がそれを伝えています。


 当時、ちょうど“活版印刷”なる技術が開発され、今まで手書きであった書物が大量生産されるようになりました。


 それによって情報の拡散が格段に速くなり、その恐ろしさが牙を剥く。



(そう。“嘘”の情報の拡散が真実を覆い隠し、同時に誇り高き竜は悪魔の化身とされた。誰も彼もがマティアス陛下を呪い、幽閉されたと噂された塔には、いつも罵声や呪詛が叩きつけられたと……)



 私自身、“情報”を最大の武器として社交界を渡り歩いておりますので、その扱い方は良く熟知しております。


 もちろん、その有用性も、そして、恐ろしさも。



(“噂”と言うものには、必ず尾ひれ(・・・)が付くものです。取るに足らない一笑に付する内容から、真実ではないかと勘違いするほど出来の良いものまで様々。それを利用して情報操作による誘導など、私の特技ですからね。だからこそ、恐ろしい。無責任に拡散される悪意の噂話は)



 事実、“ラキアートの動乱”は真実とは程遠い位置に追いやられてしまいました。


 マティアス陛下は教会の横暴を正すべく改革を唱え、それに同調する者が多数現れたのが騒動の原因。


 法王の発する“言霊プネウマ”を無力化する“反言霊アンティ・プネウマ”、それをマティアス陛下が持っていた事が、騒動を大きくしてしまいました。


 法王の発する言葉は絶対、この鉄則が崩されたのですから教会側は大慌て。


 話し合いに応じるふりをして誘い込み、マティアス一派を一網打尽。


 マティアス陛下は塔へと幽閉され、他はことごとくが処刑。


 それだけに留まらず、拡散された情報に踊らされた各地の庶民がマティアス派の残党を狩り立てるべく始まったのが、“魔女狩り(カッチアーレ)”。


 神に仇なす魔術を行使したとして、何人の無実の人間が拷問や私刑を受け、命を散らせたのか数える事すら叶いません。



(その人々の悪意を一心に受けたのが、マティアス陛下の一家。陛下御自身と奥方、そして、存在があやふやな“子供”)



 ここで私は一つの仮説を立てました。


 大公一家が幽閉された塔は、誰も立ち入る事ができません。


 入る事が出来たのは、一家を閉じ込めた“雲上人セレスティアーレ”と、世話係の者だけ。


 そして、その世話係であったのが、騎士ガンケンと侍女のユラハ。



(私は二人と同名の首無騎士デュラハン魔女ステレーガに会っている。これが偶然の一致とは思えない。もし、“人間”が何らかの事情を経て“集呪ガンドゥル”という異形に成り果てるのであれば、目の前の少女は……!)



 まさに人々の憎悪と恐怖を一身に受けて育ち、怪物に成り果ててしまったのかもしれない。


 少女自身には何の落ち度もない。


 ただただ、“反逆者マティアスの娘”と言うだけの一己の人間。


 しかし、世間はそうは思っていない。


 悪魔の娘は怪物。そうあるべきであるし、そうでなくてはならない。


 そうした“呪詛”が折り重なって、こうなった(・・・・・)

 


(“無辜の怪物”、本来は何でもない一人の少女を、怪物に変えてしまった!)



 つまり、人間から化物へと変じてしまう明確なる証拠。


 一人の少女を核に“ガンド”が折り重なり、ついには“集呪ガンドゥル”として、明確な形となる。


 それですべての辻褄が合う。

 


(やはり、ガンケンもユラハも、かつては人間! 人間が呪詛を浴び続ける事により、化物になってしまった! そう考えるより他にないわ!)



 以前、法王聖下と情報交換した際、そうではないかと仮説を立てましたが、確たる証拠がないのであくまで仮説止まりでした。


 しかし、目の前に“人から怪物に変じた”としか思えない実例がある。


 仮説から、事実へ。


 マティアス陛下の娘が、“大公女プリンチペーサ”から“集呪ガンドゥル”になってしまったという、証拠足り得る実例。


 そうであってほしくないとは思っていましたが、実例を見せ付けられてしまったからには認めざるを得ません。



(“集呪ガンドゥル”の正体、それは“ガンドを蓄積させた人間”だという事を!)



 本当に“悪魔”になってしまうとは、やるせませんね。


 しかも、事実の隠蔽のために、教会が拡散させた情報が人々の怨嗟を呼び、それが結着材となって人の心に“闇”を落とす。


 そして、無辜の怪物を生み出してしまったのでしょう。



(なんという悲しい現実。愛らしい姿をするこの小さな暴君は、その情報の少なさ、曖昧さゆえに、人々の想像上の存在として生き続け、その想像が“ガンド”に作用し、怪物へと変じさせた)



 あるいは夫人が塔より身を投げたのも、幽閉生活に耐えきれなくなったというよりかは、徐々に怪物へと献じていく娘の姿を見るに見かねて、という事なのかもしれません。


 結局、付けられた“噂の尾ひれ”が、正真正銘の“悪魔の尻尾”になったという話。


 押し付けられたお姫様は、たまったものではないでしょうけどね。


 だからこうして、深い森の中に隠れ潜んでいる。


 怪物だからこうであろう、その想像上の怪物像に自身を投射させて。



(悪魔の娘は怪物であるべき。それが人々の願い。いえ、呪詛。結局、争いのタネを生み出すのも発芽させるのも、いつも“人間”というわけですか)



 なんとも暗い気分にさせられます。


 権力闘争、その果てが“これ”ですか。


 本来、そんな事とは無縁であったであろう少女。


 当人は何も知らず、気が付けば怪物になっていた。


 ああ、なんという悲劇な話なのでしょうか。


 何の罪もない少女が、人々の怨嗟によって怪物になってしまうとは!

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