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9-14 怪物の大公女

(黄色の布地に竜の絵図! 十字架を背負い、尻尾を自らの首に巻き付けて竜の体で円を描く構図は他に類を見ない! というか、それは“反逆者の紋章”ラキアート大公国の、それもマティアス陛下の旗印バナー!)



 あまりに予想外のものが部屋の壁に飾られており、ついつい視線をそちらに向けてしまいました。


 本来であれば周囲の調度品などには目もくれず、屋敷の主人をより観察すべきなのでしょうが、視線を旗印バナーから外す事が出来ません。


 それほどまでに珍しい、いえ、あってはならないものなのですから。



(黄色の布地は“反逆の証”とされ、旗印バナーの布地、服の布地に限らず、黄色と言うものが“裏切りの色”として忌避され、それを使う者は少なくとも貴族にはいません。現在のラキアート大公家においても、“十字架を背負う竜”という構図自体は変わっていませんが、黄色ではなく緑色の布地に変更されていたはず。なのに、ここの旗印バナーは、百年前の“ラキアートの動乱”が発生する前と同じ)



 もし、黄色の布地を用いた旗印バナーなど用いていれば、教会からあらぬ誤解をされ、睨まれる結果にもなりかねません。


 それほどまでの“禁忌の旗”がここにある。


 まるで教会の態度を嘲笑うかのように。



「……ねえ、あなた、この旗が何か?」



「……小さくも尊き御方、あなた様は“剛竜公バートリードラクール”の御一門の方でしょうか?」



 “剛竜公バートリードラクール”はマティアス陛下に付けられていた二つ名の事。


 剛毅豪胆な言動で周囲を引っ張り、当時の五大公の中でも一際カリスマ的な存在であったため、家紋の“十字架を背負う竜”にちなんで、いつの間にかそう呼ばれていたそうです。


 ついつい好奇心で尋ねてしまった質問ではありましたが、どうやらそれは小さな暴君の琴線に触れたようです。 


 目の前の少女はまず驚き、次いでニヤリと笑い、そして、拍手。


 若干の苛立ちのために消えていた無邪気な少女の面影が再び表面に飛び出し、機嫌良さそうに手を叩き、床に付かない足をまたプラプラ揺らせました。



「ハハッ、凄い凄い! “父”をその名で呼ぶ人間に会ったのは久方ぶりよ。あなた、賢い上に、弁えているようね(・・・・・・・・)!」



「……父!? “剛竜公バートリードラクール”マティアス陛下の御息女!?」



「ええ、そうよ。自己紹介がまだだったわね。あたしの名前はダキア=マティアス=バートル=ドン=ラキアートよ。長ったらしい名前だから、ダキアと呼んでくれていいわ、迷子の魔女さん」



 暴君による礼儀正しき挨拶でしたが、内心は心臓バクバクに驚いています。


 なにしろ、百年は昔に亡くなったはずのラキアート大公マティアス陛下、その娘が目の前にいるというのですから。



(そう言えば、法王聖下から聞いた話ですと、マティアス陛下と同じく幽閉されていたはずの“子供”の記録が一切なかった、と。それが彼女なの!?)



 記録としては、“ラキアートの動乱”の後、マティアス陛下とその奥方は塔に幽閉されていた事になっております。


 その奥方は身籠っていたとも。


 そして、幽閉から数年後、奥方は塔から身を投げ、名もなき共同墓地へと埋葬されてしまいました。


 しかし、生まれていたはずであろう子供の記述は一切なし。


 生きているのか、死んでいるのか、それすら分かっていません。



(もし、生きているとしても、百歳になっていないとおかしい。でも、目の前の行方不明の“大公女プリンチペーサ”は幼い容姿のまま。それだけでも、やはり怪物なのかもしれませんね)



 もちろん、相手の名乗った名前や素性を全部信じればの話ですが。


 まず、爵位を持つ貴族の名前は、自分の名前、家名、尊称、爵位の名前の順で並ぶのが普通です。


 なので、私は自分の名前である“ヌイヴェル”、家名である“イノテア”、尊称である“デ”、爵位である“ファルス”となります。


 “デ”は男爵、子爵、伯爵に使われる尊称で、爵位持ち及びその子息に用いられるものです。


 ちなみに、侯爵、公爵は“ディ”を、大公は“ドン”を用います。


 私の場合は本来のファルス男爵号を持つ従弟のディカブリオと、フェルディナンド陛下の許可もあって、“男爵夫人バロネッサ”を公で使う事が認められており、デ=ファルスを名前に付けています。


 しかし、ここより東方の国々では、自分の名前の後に“父親の名前”も付ける事もあるのだそうです。


 ラキアート大公国のある東方では、貴族は名前が五つと言う訳です。


 目の前の少女が名乗った名前は、“ダキア=マティアス=バートル=ドン=ラキアート”。


 ダキアは自分の名前、マティアスは父親の名前、バートルは家名、ドンは大公が用いる尊称、ラキアートは五大公の一角・ラキアート大公の事。



(つまり、目の前の怪物は堂々と“反逆者の娘”、“怪物の大公女プリンチペーサ・デ・モーストロ”を名乗った!)



 よもやのまさかです。


 記録からも抹消された反逆者マティアスの娘、それがここにいたとは!


 しかも、怪物に、“集呪ガンドゥル”に身を落として、なお健在とは!


 驚きのあまり、次の言葉が浮かんでこない程です。


 おとぎの国の支配者は、怪物の大公女。


 予想外にも程がありますわ!

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