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9-13 小さな暴君

 メイドのイローナに続き、部屋の中に入る私。


 今更ながら、寝間着ネグリジェ姿で大丈夫かと心配したが、悩んだところで詮無き話である。


 これをと用意された以上、なる様にしかならない。


 そして、私の視線は屋敷の主人を捉える。



(前評判通り、小さい。本当に見た目は“子供”のようね)



 大きな椅子に座る館の主人の姿。若干退屈そうに足をプラプラさせ、床に届いていない事から、その“小ささ”が分かります。



(うん、やはり小さい。年の頃は十歳に届くかどうかというほどに幼いわね。というか、椅子が不釣り合いなほどに大きいから、余計に小さく見える)



 とは言え、体の小ささ以外にも目を引く部分があります。


 それは私と“同じ”だという事。



(白磁の肌に赤いまなこ、白銀の髪、この子も白化個体アルビノだわ)



 まるで小さな頃の私を、鏡で見ているような気分になりました。


 しかし、同時に“人間”ではないという事も、視覚情報から入手。


 エルフ程ではありませんが、耳が尖り、笑顔の口から覗かせる犬歯が、妙に大きい。



(この特徴、まさか吸血鬼ヴァンピーロ!?)



 鋭い犬歯、赤い瞳、そして、“夜型の生活”。


 特徴としては、伝え聞く吸血鬼ヴァンピーロのそれ。


 やはりここの主人は、見た目の容姿は幼くとも、人外の怪物、“集呪ガンドゥル”で間違いなさそうです。


 しかし、覗き見る犬歯を無視すれば、見た目は実に愛らしい。


 均整の取れた顔立ちは、可愛らしさの中に気品も同時に感じさせ、育ちや出自の良さをかもしています。


 着ている服装は少し赤みを帯びた絹のワンピースドレスに似た寝間着ネグリジェ。体の線が見えないゆったりとした感じであり、華美にならない程度に装飾されています。


 素材やしつらえからかなりの上物だとすぐに分かりますし、その実力……、財力の高さ、趣味の良さを誇示しているかのようですね。



(もっとじっくりと観察してみたいですが、それは大変失礼。初対面の上級貴族に接するくらいの作法でいってみましょうか)



 見た目に騙されてはいけません。


 どれほど可憐な少女の姿をしていようとも、目の前にいる屋敷の主人は、時間の流れすら変えてしまえるほどの化物。


 神の定めた摂理にすら抗ってみせるほどの“小さな暴君”なのです。


 隠し切れていない雰囲気、目の前の少女が発する圧倒的な威厳を感じます。


 見た目は幼き身であるが、既に王侯の風格すら漂わせています。



(ならば、見た目よりも中身を重視して接するべき! 目の前の少女は間違いなくここの主人であり、支配者なのですから)



 私はその場に跪き、少々寝間着の裾が邪魔と感じつつも、頭を下げる。


 寝間着姿で立膝を突いての拝礼はいささか不格好ではありますが、今は仕方がありません。


 破けたらどうじましょう。


 まあ、なるようにしかならない。


 と言うか、相手も寝間着姿でありますし、本当に寝起きなのでしょう。


 今はなんやかんやで日が傾く夕刻。


 予想通り目の前の少女が吸血鬼ヴァンピーロであるならば、夕方は人間の感覚だと払暁ふつぎょうと同じ事でしょう。


 起きたばかりであっても不思議ではありません。



「ああ、そこまで畏まらなくていいわよ。あなたは久方ぶりに招き入れたお客人。ささ、席にお着きなさい、ヌイヴェル=イノテア=デ=ファルス」



 予想外の一撃に、私は頭を下げたままビクリと震える。


 なにしろ、名乗っていないはずの自分の完璧に言い当てられたからです。



(そんな、嘘でしょ!? 私はこの屋敷に入ってから、一度も自分の名前を名乗っていない! 情報を抜かれた!? いえ、それはない。私には防諜の魔術が備わっていますし)



 私は魔術が二つ使える稀有な存在。大抵の方は一つですが、私だけ特別。


 一つは【淫らなる女王の眼差しヴァルタジオーネ・コンプレータ


 肌の触れ合った相手から、情報を抜き取るというもの。


 もう一つは【臥房の帳オクルタメント・ペレマメンテ】。


 情報を抜き取らせないようにする魔術。


 情報戦と言う戦場においては、最強の武器と防具を備えているのがこの私。


 それをあっさり潜り抜けてくるとは、やはり底知れぬ化物のようですわね。


 冷や汗が止まらず、恐怖と困惑に縛られ、顔を上げる事すら叶いません。



(見た目は確かに可愛らしい。だが、中身は正真正銘の化け物だと、軽い挨拶の中だけで思い知らされてしまったわ。一筋縄ではいかない!)



 情報は武器。特に、武力でどうこうできない相手には、情報と、それに基づいて計算された知略と話術が物を言う。


 事実、私はそれを今までの人生で幾度となく実践してきた。


 それこそ伝説の怪物、“集呪ガンドゥル”である首無騎士デュラハンにさえ、得た情報からの閃きと口八丁いいくるめで切り抜けました。


 しかし、目の前の少女の姿をした“小さな暴君”は、また別格!


 その最大の武器を封じられ、盾も引き剥がされてしまいました。



「フフフ……、怖い? あたしが怖い? まあ、そうでしょうね。準備もなしにいきなりここに放り込まれたらば、誰でもそうなるでしょうね」



 愛らしさの中に含まれる威厳に満ちた声。そして、“圧”。


 すべてを把握しているのに、まるでお遊び感覚。やっていることは子供と変わらないが、それでもこの少女が“王”であるのは間違いなかった。



「怖がらなくていいわよ。人の心くらい読めるから。もっとも、深層心理まで読み解こうとすると時間がかかるし、なにより気持ち悪いから滅多にやらないけどね。相手の名前程度の浅い情報なら、苦も無く手に入れられるわ」



 怖がるなと言われようと、さすがにそれは無理であった。時間に干渉し、相手の心まで読み解く。思っていた以上に規格外の存在ですわね。


 とにかく、大人しくしておくのが得策。


 ただただ平伏するより、私はするべき事がなかった。



「……顔を上げ、席に着きなさい。折角の出会いが台無しになるわよ」



 声に可愛げが消えた。


 完全に威厳と威圧に満たされました。



(と言うよりかは不機嫌と言ったところかしら。ままならない苛立ちと言った程度のものですが、これ以上の卑屈は死への道標でしかない)



 へりくだる態度も程々でなければ、話が進まず、むしろ相手を苛立たせる。


 三度の促しを受けた以上、これ以上の低頭は却って失礼。


 恐る恐る顔を上げ、改めて少女の顔を見る。先程と変わらないが、しかしやはり、早く席に座れと言いたげな雰囲気を出していました。


 確たる格上を相手に、同じ席に着いても良いものかと考えましたが、そうしろと案に命じられた以上、そうするのが一番。


 ゆっくりと立ち上がり、視界が部屋に広がりを見せる内に、気付いてしまった。


 なぜそれがここにあるのかと言う、不思議な旗印バナー


 それは黄色の布地に竜が描かれていたもの。その竜は十字架を背中に背負い、尻尾を自らの首に巻き付けて竜の体で円を描く構図です。


 そして、その旗印バナーを用いていた貴人は、私の記憶では一人しかいません。


 百年ほど前、“ラキアートの動乱”にて世間を騒然とさせた、五大公の一人ラキアート大公マティアス陛下のものだ、と。

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