9-8 この世で最も美しい者
森の中で迷子になり、挙げ句に迷い込んだ先が怪物達の住処。
重武装の“小鬼”が門番を勤める、少し古めかしい屋敷で、おそらくは人ならざる者のたまり場でしょうか。
(やれやれ、魔女と言う事で、こういう存在を引き寄せてしまう体質なのでしょうか。面倒極まりない)
握る細剣の切先を二体の小鬼に交互に向けて威圧。
鎧も盾もないこの状況では、相手の持つ斧槍が命中しただけで致命傷なのは間違いなし。
そうなると撤収するのが一番なのでしょうが、そこで気付く。
(あれ? 馬がいない!? さっきの騒動の時に逃げた!?)
槍の穂先に絡められ、馬より引きずり落とされた後、蹴って斬ってで意識や注意が小鬼に集中していました。
その際に臆病風に吹かれて走り去ってしまったのでしょう。
(まったく……。主人を置いて逃げ去るなど、忠義と勇気に欠けた馬ですね。無事に帰り付いたら、馬肉の生ハムの材料にしてあげるわよ!)
状況はさらに悪化してしまいました。
帰りの“足”を失ってしまうという失態です。
おまけに、こちらに襲い掛かる気満々の完全武装の小鬼が二体。
白馬の王子様は多分と言うか、絶対来ません。
フェルディナンド陛下、アルベルト様、ディカブリオ、全員来そうにない。
得意の口八丁も通用しない状況ですし、本当に危うい。
どうしたものかと思案していますと、門が音を立てて開きました。
重厚な門扉が開かれ、中から相手方の増援かと更に警戒しましたが、現れた人物の姿を見て、呆気に取られました。
そう、あまりにも“美しい”と感じてしまったためです。
一切の癖がない長い金髪に、湖水を溶かし込んだような澄んだ碧眼。
何より目立つ尖った耳。
まさにおとぎ話の妖精が、そのまま絵本から飛び出してきたかのようなその姿。
(まさか、森人!? この屋敷って、本当におとぎの世界って事!?)
門番の小鬼に続き、現れ出たのは森人。
ちなみに、その衣装は侍女のそれ。紺色の上下に純白の前掛けと发箍と典型的なメイドの衣装。
長い髪も邪魔にならないように、後ろで銀製の髪留めでまとめられています。
あまりの美しさについつい見とれてしまう程です。
そんなメイドエルフに対して、二体の小鬼はビシッと背筋を伸ばし、恭しく頭を下げました。
私の事など、そっちのけですね。
どうやら、エルフの方が上役のようで、そちらの出方次第となりそうです。
「いろーなサン、オ疲レ様デス!」
「不法侵入シタ者ヲ、捕縛シテオリマシタ!」
「いやいや、捕縛と言うより、捕食では?」
思わずつっこみを入れてしまいました。
実際、食べるだなんだとの喚いていましたからね。
それを聞いてか、エルフがやれやれと言わんばかりにため息を吐き出す。
そんな何気ない仕草すら美しい。
動く芸術品と言うべきでしょうか、目の前の妖精は。
「まったく……。あなた達、仕事中の摘まみ食いはダメだと言ったでしょう? 今度やったら、食事抜きにしますよ!」
「エエッ、ソンナァ!」
「アンマリダァ!」
「当然です。そもそも、客人に襲い掛かった上に、それを食べようだなどと言語道断です! お嬢様に知れたら、耳の穴が四つになるまで説教されますよ!」
「ウヒィィィ!」
「ゴメンナサイナノダ!」
そして、私にペコペコ頭を下げてくる小鬼二体。こうなってくると、逆に愛嬌を感じてしまいますね。
とはいえ、当面の危機は回避できたのは間違いなさそうです。
先程までの小鬼達と違い、メイドエルフからは一切の殺気や敵意を感じません。
と言うより、私に向かって恭しく頭を下げてきました。
「当方の門番が大変失礼な真似を致しました。重ねてお詫び申し上げます。私、この屋敷の主人にお仕えするイローナと申します。以後、お見知りおきを」
謝する仕草も実に奥ゆかしく、端麗な顔立ちが一層涼し気に感じますね。
いやはや、危機的状況から一転して、女の私ですら目の保養だと感じ入る程の芸術品が目の前に。
叶うなら、このままお持ち帰りして、侍らせたいくらいです。
「大丈夫ですわ。馬がどこかに行ってしまいましたが、帰り道さえ教えていただければなんとかなりますので」
「その前に、当屋敷にご招待されませんか? 我が主人が是非にと、御客人をお招きしたいと申しております」
極めて友好的な態度でのお誘い。
目の前のエルフの主人と言う者に興味が湧いてきました。
(先程の会話で“お嬢様”という言葉が出ていました。となると、ここの主人は女性、ないし少女ということでしょうね)
ただし、“人間”である可能性は極めて低いことも感じ取っています。
なにしろ、門番が小鬼で、メイドが森人なのですから、これで人間が主人であれば、とんでもないレベルの魔法使いということになりますからね。
むしろ、人外を統べる存在はこれまた人外の者、そう考えた方が自然です。
「では、折角ですので、お招きに与らせていただきます」
「それはようございました。では、ご案内させていただきます」
イローナと名乗ったエルフは礼儀正しくお辞儀をして、ゆったりとした足取りで再び門をくぐる。
私もまた、先程まで命のやり取りをしていた二体の小鬼に見送られながら、屋敷の敷地内へと足を踏み入れる。
そして、すぐに目を奪われる。
あまりに美しく、そして、異様な光景に。




