9-6 森の中の屋敷
何もしなければ何も始まらない。何もする事がないならば、何かを考えて行動しろ。
人生は有限、時間は常に流れる。
それが我がイノテア家の心情であり、常に“銭儲け”に奔走するのが、長年の習わしです。
立ち止まる事など許されず、ただただひたすらに働き、取引を成立させ、懐を温める事を至上に喜びとしてきました。
なので、私もそれに従い、森での迷子という状況下でも“足掻いて”みる事にしました。
ただひたすらに真っ直ぐ馬を進め、いずれは沢か林道、あるいは開けた場所に出る事を考えつつ、周囲を警戒。
いつオオカミなどの獣に襲われるともしれませんので、鞍にかけておいた細剣はそれに腰のベルトに差しておきました。
いつでも抜き放ち、いざという戦闘への備えとして。
私はこう見えて、剣術の心得もあります。
普段は“魔女”としての知識と魔術、あるいは“娼婦”の美貌と三枚舌で問題の解決にあたりますが、いざともなれば剣を奮う事もあります。
“男爵夫人”の嗜みとして、多少の武芸や乗馬の技を習得しているからです。
(もっとも、“裏仕事”の関係上、必要に迫られてという事情もありますが)
フェルディナンド陛下やアルベルト様から持ち込まれる案件は、時に“荒事上等”なお話がかなり含まれています。
現につい最近も『処女喰い』の事件の際、敵兵に取り囲まれて、あわや白兵戦かとなりかけた場面もありました。
その際は、牽制用に剣を握ったものです。
さすがに正規の軍人相手には厳しいですが、素人の暴漢程度であれば、軽くいなせるほどには鍛えているつもりです。
もちろん、そんな事にならないのが一番ではありますが、今この状況では贅沢も言っていられません。
普段ならば、従弟にでも護衛をさせれば済む話ですが、今は誰もいない。
森の中でただ一人という状況。
もし、オオカミなどに襲われたらば、自分で対処しなくては相手方の晩餐に成り果ててしまう未来が待っています。
そんなのは真っ平御免ですわね。
(……おや? あれは?)
ふと少し先から明かりがこぼれているように見えました。
もしやと思いそちらに進んでみると、思わぬ光景に出くわしました。
(屋敷!? こんな森の中に!? それもかなりの規模だわ!)
思いがけない幸運。 目の前に誰かの屋敷が現れたのです。
こんな鬱蒼と生い茂る森の中で、しかもかなり大きい。
無人ではない事を証明するかのように、松明や篝火が周囲を照らしています。
おまけに、立派な鉄格子の門の前には、左右に甲冑を着込んだ門番まで配備しているのが、遠目に見る事が出来ました。
(ん~、ちょっと最近の様式ではないわね。百年くらい前のものかしら? まあ、歴史ある建造物として、大事に使っているのでしょうけど)
手入れは行き届いているようで、古めの設えとは裏腹に、奇麗に整えられているのが分かります。
この屋敷の主の差配が行き届いている証拠ですわね。
(まあ、それはそれとして、丁度いい。あの門番に森の抜け方を聞きましょう)
ここの住人ならば、森の抜け方くらいは知っているはず。
そう考えて、門の前に立っている門番の方へと近付きました。
そして、すぐに気付く。その門番の“異様な風体”に。
(え!? めちゃくちゃ背丈が低い!?)
遠目で眺めていて分からなかったのですが、ある程度近付いてみると、その二人の門番が“異常に低身長”である事に気付いたのです。
(全身鎧で身を包んでいるのはともかくとして、とにかく小さい! 背丈は私の半分くらいでしょうか?)
まるで子供かと思うほどの低い背丈。
持っていた斧槍のせいもあって、遠目には気付きませんでしたが、間違いなくチビです。
全身を覆う甲冑を身にまとい、門番としての威圧感は確かなもの。
背丈の低さを補って余りあり、長い斧槍の穂先はきっちりと天に向かっています。
微動だにせず、ピシッと背筋を伸ばして不動の構えは、門番としての有能さの表れと言ったところでしょうか。
そんな小さな門番二人も、私が近くまで馬を寄せたところでいきなり動き出す。
穂先が天に向かっていた斧槍を動かし、×字に交差させ、ここは通さないという意思表示。
「誰ダ、オ前ハ!?」
「用ナキ物ハ立チ去レ!」
非常に聞き取りにくい、独特の訛りのある言葉が飛んできました。
それだけに直感的に感じ取る事態の急変。
“かつて”味わった事のある雰囲気に、背筋が周囲の冷たい空気に関係なく震え上がりました。
(これは間違いない。またしても、“幽世”の存在が目の前に来ましたか)




