9-2 狩猟大会
「おい、そっちに行ったぞ!」
「逃がすな! 追い込め! 追い込め!」
「西側の組、どんどん太鼓を鳴らせ!」
勢子の声がそこかしこから響き、獲物であるシカやイノシシ、キツネやオオカミを追い立て、貴族のいる方へと獲物を誘導。
晴れやかな日の当たる中、今日はフェルディナンド陛下主催で狩猟大会が開催されております。
数多くの貴族が参加され、勢子を追い立てる獲物に矢を放ち、それを仕留める。
本来、狩猟と言うものは肉や毛皮を得る手段として古くから行われてきた、生存に必須の行為ではありますが、今は農耕や畜産によって食料を得て、あるいは羊の毛を刈り、衣服を設えておりますので、必ずしも必要というわけではありません。
しかし、無駄な殺戮を行っていると言う訳ではありません。
シカやイノシシは農村の畑を荒らし、作物に被害を与えますし、キツネやオオカミも家畜を襲いますので、こちらの被害もバカにはできません。
程よく間引いてやらねば、こちらも食うに困りますので。
「……というのは単なる理由付け。本当は心の中に潜む“獣性”を解放し、溜まった鬱憤を発散させたいだけなのでしょうね」
獲物を追い回す貴族や勢子を遠目に見ながら、馬に跨る私はなんとなしに呟いてしまいました。
今日の狩猟大会には、私も陛下より直接のご招待。
ただし、それは男爵夫人としてではなく、お姫様の養育係、付き人としてではありますが。
そのお姫様の名はリミア。元はボーリン男爵家のお嬢様でしたが、『処女喰い』の事件の際に深入りしすぎたため、下手に野放しにはできぬからと陛下がご養女に迎え入れられた娘です。
その後は私に養育の一切を“押し付けて”しまわれまして、私の手元で日々修練に励んでおります。
おかげで私は大忙し。
昼間はリミアの教育を施し、夜になれば娼館に出向いて娼婦として働く。
その合間を縫って、街の婦人会の催しに参加したり、あるいは貴族の社交の場に出たりと、忙しない限りです。
幸い、ここ最近は陛下や密偵頭のアルベルト様から“裏仕事”を申し渡される事もありませんでしたが、それまで加わっては手が回らなくなります。
頼られるのは悪い気分ではありますが、それにしても限度と言うものがあります。
便利使い、使い勝手の良さでご指名いただけるにしても、少しは気遣いと言うものが欲しい今日この頃です。
今日の狩猟大会に合わせて、リミアを出席させるため、大急ぎで乗馬を教えましたからね。
我が家の厩舎番のオノーレの手管は流石。
一月足らずの間に、馬に跨って一人で軽く走らせられるようになりました。
今も私の側に馬を並べ、同じく狩猟の光景を眺めています。
(そして、時折やって来る御貴族様に挨拶をして、今後のための顔繋ぎ。まあ、今日の狩猟大会はそのためでもあるのでしょうが)
少し前に街の婦人会に顔を出し、商工業ギルドの御婦人方へのお披露目を終わらせました。
肩書だけとは言え、リミアは“大公女”です。
養子とは言え、陛下のご息女でありますから、皆が傅く立場。
今後のための人脈作りとして、互いに益となる顔見せです。
そして、今日は貴族が集まる催し物ですし、今度は貴族の社交界へのデビューというわけです。
実際、狩猟が始まる前後で次々と貴族の方々が参られては、リミアに挨拶をしていかれました。
(もちろん、その理由は“値踏み”。今後どう付き合うべきかの下調べというわけです。こうした人脈作りこそ、上流階級では重要ですからね)
特に、リミアは十二歳と若い身の上で、婚約さえしてない“完全空席”。
陛下と縁故になるための、最上の通行手形というわけです。
実際、それを匂わす挨拶を交わす貴族もおりましたし、あるいは未婚の貴族の若様が直接やって来る事もありました。
それらがいずれ本気を出して迫って来る事も考えられます。
(まあ、そのための御簾代わりに、私を配したのでしょうけど)
今日の私の肩書はお姫様の養育係であり、同時に侍女頭でもありますからね。
勿体ぶる様にやって来る貴族とお姫様の間に“壁”を作り、下手な言質を取られぬよう見張っているというわけです。
お姫様はあくまで奥ゆかしく、鼻持ちならない侍女が邪魔をする。
これもまたお芝居。
(これを上手く利用すれば、お姫様とお近づきになりたい有象無象から“袖の下”を頂戴する事もできますが、まあ、陛下の前でそんなはしたない真似はできませんし、それは追々という事にしておきましょうか)
今日はあくまで顔見せ程度。
それを理解しているからこそ、挨拶に来る御貴族様の面々も、程々の会話で切り上げてしまいます。
一通りの挨拶が終わり、周囲から人が減ってきますと、リミアが馬を私に寄せつつ、ため息を吐き出しました。
「あ~、疲れた。前の婦人会の顔見せよりも大変でしたわ」
「まあ、あの時は気楽に飲み食いするだけでしたからね。“歌合せ”さえなければ、万事に平穏無事だったのだけど」
「それは申し訳ございませんでした、お師匠様」
全然申し訳なさそうにしているのが、逆に可愛らしい。
こちらもしっかりと育てた甲斐があったというものです。
すでに人前では“気品あふれるお姫様”を演じる事に慣れており、先程の挨拶回りでも完璧な受け答えでした。
美声とそれを固める“教養”という名の土台が、しっかりと固まってきた証拠です。
最近は開き直って、魔女成分多めの教育を施しつつ、持ち前の演技力でそれらを見事に覆い隠せるだけの擬態を身に付けましたからね。
実に結構!
人前で素顔を晒さない限りは、どこへ行こうと“お淑やかで気品あふれるお姫様”で通せますからね。
(それを見越して、陛下は私に丸投げしたとも言えますが。なんとなしに見透かされているようで、その点ではしてやられた感がありますね)
まあ、当初はある事ない事、様々な醜聞や噂話が飛び交いましたからね。
私と陛下の間の隠し子だの、ひどい言われ様でした。
(まったく、陛下と床を同じくしたのは、それこそ“筆おろし”の際の一回だけで、それ以降は敵前逃亡ばかりでしたからね、陛下は。御胤を頂戴する隙なんてちっともないですよ)
陛下の正式な寵姫、側室となり、玉の輿に乗っかるというのも悪くはありませんが、今でも十分すぎる寵を得ていますからね。
あくまで、便利な手駒としてではありますが。
せいぜい、リミアの養育係と言う立場を利用し、山吹色の御菓子を御貴族様方から包んでいただけるよう励むと致しましょうか。




