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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第8章 魔女に捧げる愛の詩
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8-35 抗えぬ力

「あ~、やっと終わった~」



 だらしのない声と共に部屋に入ってきましたのは、妹分のジュリエッタです。


 今日は安息日と言う事で、娼館みせはお休み。


 代わりに、今日の婦人会の“裏方”を差配させていました。



「ジュリエッタ、お疲れ様。結構、大変だったわね」



「大変だったじゃないですよ、ヴェル姉様。酒や料理の配膳が、ここまで面倒だったとは思いませんでしたよ」



「まあ、今日は正餐料理コルソ・コンプレートでしたからね。料理を出す機を計りながら、温めたり盛り付けて出す形式ですから」



「ですね。普段はごそっと盆に乗せて一緒くたに出しますから、手間でした」



「手間がかかるからこそ、高級感が出るのです」



「高嶺の花は勿体ぶるからこそ、ですか」



「そういう事。じっくり味わうには、これが最良ですから」



 何分、今日のお客様は全員が目も舌も肥えた方々ばかり。


 下手な手抜きは、評判を下げるだけです。



「ジュリエッタ姉様、豆茶カッファでも飲んで、気分を変えてくださいな」



 そう言って、リミアが新たに杯を出してきて、ポットから豆茶カッファを注ぎ始めました。


 リミアから見て、ジュリエッタは“姉弟子”と言う事になり、すっかり懐いてしまいました。



(と言うか、この子の場合、人物相関図の中心が“魔女わたし”なんですよね。私とどういう関係なのかが、仲良くするかの判断材料)



 この辺りは、本当に分かりやすい。


 私の事をお師匠様(パドローネ)と呼び、自身は“魔女見習い”と言う立ち位置。


 ジュリエッタは魔女ではありませんが、私の妹分でありますので、自分はその更に妹分と考えているようです。



「ありがとう、リミア。ああ~、この鼻に入り込む香りが染み入る~」



 そう言いつつ、杯の中に砂糖を三杯も放り込むジュリエッタ。


 乳こそ入れませんが、この子も甘めの豆茶カッファが好きなのです。


 軽く入れる程度の私からすれば、味が壊れるのでないかと思ったりもします。



「今更だけど、裏方じゃなくて、出席者側に回ってもよかったかしらね」



「ヴェル姉様、冗談止めてくださいよ~。私はヴェル姉様はリミアと違って、貴婦人の仮面を被っているわけじゃないですから。あくまで“娼婦”一本で勝負してるんですから」



「なら、いっその事、どこぞの貴公子にでも嫁いでみる?」



「金持ちで、容姿端麗で、腕っぷしの強い方なら喜んで」



「なかなか難しいわね~。その条件だと」



 まあ、知り合いの貴族でその条件に当てはまりそうな独身者と言えば、アルベルト様かユリウス様くらいですわね。


 ただまあ、厄介事を嫌って『処女喰い』の事件の際は逃げたのですから、アルベルト様と引っ付けるのは不可能。


 ユリウス様とも、客と娼婦と言う関係を貫いていますからね。


 悪い虫が付かないように、“仮想恋人ファルソアマンテ”になった事もありましたが、さすがに大公陛下の甥っ子で伯爵家当主ともなると、正妻が娼婦出身の娘と言うのは揉め事のタネにしかなりません。



(そう言えば、以前、フェルディナンド陛下にユリウス様のお相手として、チェンニー伯爵様の御令嬢をオススメしましたけど、あれから進展の話は聞きませんね)



 裏では色々とやり取りはあるのでしょうが、表に出てくる話はまだない。


 それにあくまでオススメ程度ですので、他に候補もいますし、椅子取りゲームは過熱していく事でしょうね。



「そういう意味では、リミアもその内、結婚話が舞い込んでくるでしょうね」



「嫁ぐ気が全然起きないのですが?」



「女側の意思なんて、関係ないですからね。特に、養子とは言え、あなたは陛下の娘なのですから、よしみを結ぼうと考える相手も多いはず。覚悟はしておきなさい」



 リミアも十二歳ですし、結婚自体は早くとも、婚約くらいは話が進む可能性が大いにあります。


 実際、ヴィニス様が市長の下へ嫁がれたのは十四歳ですし、婚約、結婚話がいつ舞い込んできても不思議ではありません。



(それに、今日の婦人会のリミアの出席はお披露目の意味合いもありましたが、あくまで“街の名士層”への顔見せ。“宮廷貴族”への顔見せはまだ。陛下はどちらに重きを置くつもりなのか、ちゃんと聞いておかないといけませんね)



 肩書としては“大公女プリンチペーサ”であるリミアですが、本気で姫君として養育するのであれば、宮中に留め置くはず。


 わざわざ私に預けたという事は、リミアがそう望んでいるように、“魔女”としての教育を求めているのかもしれません。


 姫君か、魔女か、あるいは髑髏の番犬か、リミアの可能性は数多くあります。


 どれにでも対応できるように育てるとなると、これまた面倒な事ですわね。



「それよりもですよ、お師匠様(パドローネ)。結婚云々の話でしたらば、一番年上であるお師匠様(パドローネ)が先になさるべきではありませんか?」



「私が?」



「あ~、リミアの意見には賛成。ヴェル姉様もいい歳なんですし、そろそろ娼婦稼業は引退して、身を固められては?」



 二人の視線が痛い。


 確かに、そろそろ引退をと考えてはいますが、まだまだ客が付いていますからね。


 若い娼婦には負けるつもりなどありませんわ。


 身を固めるのだとすれば、それは相当な良縁か、あるいは抗えぬ力が働いた時でしょうね。



(現に、法王聖下からは求婚されましたし、その時が来るかもしれません)



 さすがに地上一の権勢を持つ法王相手に結婚を拒むなど、私の力では不可能ですからね。


 むしろ、あの場面で強引に嫁取りされなかっただけ、気にかけていただいていると思わないといけません。


 そういう意味では、私はヴィニス様と同じ。


 抗えぬ力の前に、結婚を強いられるのですから。


 上流階級ではありがちな話とは言え、ままならないものです。


 しかし、今はそれを忘れて、リミアをしっかりと養育しましょう。


 もちろん、私程にひねくれてしまわないように、ね。


 詩文が紡いだ女と女のお付き合い、今となってはどうしてこうなったのか、仕組んだ私の方が分からなくなってきました。


 市長との太い人脈を求めた結果、うっかり夫人の方と仲良くなって、今に至る極めてただれた関係。


 まあ、私は娼婦であり、同時に魔女なのですし、それもまた甘受しましょう。


 さてさて、次は一体、どこのどちら様がお客様になるのやら。




        【第8章 魔女に捧げる愛のうた 完】

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