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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第8章 魔女に捧げる愛の詩
222/404

8-30 煽り煽られて

 歌は上手いが、空気の読まなさは天下一品。


 リミアの欠点ではありますわね。



(まあ、出会った時からこんな感じでしたからね。基本的に“身内”の事しか聞かないし、心配もしない。どこまでも突っ走る姿勢も、柔軟性の無さの表れかしら)



 リミアと出会ったのは『処女喰い』の事件の折。


 姉のクレアが『処女喰い』に襲われ、その報復のために私に“身を売る”という突っ走った結果が、今の状況ですからね。


 自身の正義を信じて疑わない、少女のような純真さと、中途半端に吸収し、学んでしまった魔女の悪辣な手管。


 敵と認識した者には容赦しないのはよいにしても、その結果がどうなるのかまでは計算に入れない長期的な視野や思考の欠落。


 才能はあれど、それを磨く時間が足りていません。


 なにしろ、フェルディナンド陛下に押し付けられ、リミアを預かってからまた一月経つか経たないかですからね。


 妹分のジュリエッタの教育でも十年がかりのものでしたから、才能豊かであっても立派な宝石に仕上げるのには手間と時間がかかるものです。



(少し荒療治ではありますが、世の中の本当に広さを見せてあげるべきでしょう)



 そう思い、壇上のリミアから視線を逸らし、机を挟んだ反対側に座すヴィニス様に視線を向けました。



「ヴィニス様、このまま“負け”をお認めになられるおつもりでしょうか?」



「負け? 別に勝負をしているつもりはありませんが」



「何もしないのであれば、それは負けを認めたも同然ですわ。一風変わった歌ではありますが、宴を盛り上げんと一芸を見せ付けたのが、あの幼き少女。あの美声は本物でございますし、その点は私もいたく感心しております」



 ピクリと上がるヴィニス様の眉。


 明らかに今の言葉に反応し、気に障ったようですわね。


 普段は大人しく見えて、その実、負けん気の強さはそれなりの付き合いですから、わきまえておりますとも。


 さあ、この挑発、どう受けられますか?



「……別に、私は“歌”をたしなんでいるわけではありませんので」



「そうでございますね。“歌”を嗜んでいると、寡聞にして聞き及んではおりませんが、“詩”についてはよく存じ上げておりますよ。何度も受け取っておりますから」



「それで、私はどうすべきかと?」



「リミア殿下は歌に関してはお上手ですが、詩作は癖があり過ぎて、衆生向けとは言えません。しかし、そこは詩作に熱を上げられているヴィニス様。詩はこのようにやるのだぞと、年配者の威厳と技術をお示しになられればよろしいかと」



 実際、ヴィニス様の詩文はなかなかの出来栄えです。


 市長夫人などではなく、女流詩人にでもなっていれば、あるいはもっとより豊かな人生を歩めていたのかもしれません。


 それは私が保証しますとも。


 負けん気が強い分、煽ってやれば動き出すでしょうからね。


 ましてや、“愛しい魔女”からの誘いともなれば、なおの事です。



「分かりました。では、ヌイヴェル様に捧げましょう、私の詩文を」



 うん、単純。あっさりと乗ってきましたわね。


 切磋琢磨と言えば聞こえは良いですが、実際は意地の張り合い。


 ロンディネ小夜啼鳥ナハティゲルのどちらかが、魔女の肩に留まるのか、それを決したいと二羽の小鳥が考える。


 しかし、魔女の肩は右と左の二つある事に気付いてはいないようですね。



(まあ、肩は二つあれど、口は一つしかありませんからね。どちらかとお喋りすれば、もう片方は手持無沙汰。独占したいという思いが強ければ、当然、もう一羽を追い出したいと考えるのは自明)



 ならば、競わせておけばよい。


 競い合っている間は少々騒がしくとも、勝負に夢中になるものですから。


 しかし、そこは“魔女の弟子”。目聡くも、席から立ったヴィニス様に壇上からの飢えから目線。



「あらあら、“市長夫人”もご一曲ですか? それは頼もしい、嬉しい。是非とも宴を盛り上げてくださいな」



 ここでヴィニス様が立ち上がった事に皆が気付き、視線がそちらに向かう。


 元々引っ込み思案な性格ですので、あまり人前で芸を披露する事などありません。


 立ち上がった直後に視線が集中したわけですから、最初はギクリと肩を跳ね上げてしまう。


 ですがそこは私がすかさず助け船。


 少し怯えた様子でしたが、私が視線を合わせ、相槌を打つと、すぐに不安へ消し飛びました。


 そして更に、余計な一言を添えて。



「市長夫人が即興で詩作してくださるようですよ。席から壇上に上がるまでの間に」



 敢えて退路を塞ぐこのやり口。


 私も随分と嫌な女になったものです。


 いやまあ、ヴィニス様との関係を清算したいという考えもないわけではありませんが、下手な別れ方は折角築いた市長との太い人脈に亀裂が生じさせますからね。


 あくまで、“この程度”であれば乗り越えられると、考えればゆえです。


 しかし、ここでリミアが追撃の一手。



「それはそれ、楽しみですわね。では、壇上に上がる七歩の内に、作品を仕上げてくださいな。お題は、そうですね、“恋”についての。もちろん、男女のそれで」



 リミア様、それはいくらなんでも意地が悪いですよ。


 七歩という短時間に加え、ヴィニス様が経験した事のない“男女の色恋”を題材にされるなどとは。


 やはり、この少女、性格の悪い魔女の弟子ですわね。

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