8-29 天使の声と悪魔の詩文
圧が凄い! そう言わざるを得ない気配が、目の前のヴィニス様から放たれています。
喧嘩を吹っかけてきたリミアと隣同士というのもありますが、食事として提供いたしました“マルの揚げ物”が逆方向に作用。
ギンギンになった体の熱が、こちらに向いてしまいました。
(さすがの効果! しかし、今はマズいですよ!)
珍しい食材を金のかかる方法で調理する。
それで出席者の歓心を買い、流行の波を作るという目論見は当たりましたが、思わぬ副作用がこれ。
たまっていた鬱憤を“私”に向け、(性的な意味で)発散しようという試みか。
これは近々“予約”が入ってくるかもしれませんね。
(いや、まあ、別に代金をお支払いいただければ、たとえ相手が誰だろうと享楽の園にお招きするのが“娼婦”ではありますが、最近は落ち着いていただけに波乱の予感がしますね!)
あの日、八年前、ヴィニス様が私をお買い上げになった日から、その後も幾度となく肌を重ねてきました。
ただの“添い寝”程度で済む時もあれば、“貝合わせ”で遊ぶ時もしばしば。
それも仕事と割り切っておりますが、ここへきて思わぬ事態。
(そう、リミアの登場。若い燕に伴侶を取られた、と言ったところでしょうか)
取った取られたという発想自体、誤解も甚だしいのですが、当の二人は至って本気。
リミアはヴィニス様を「昔の女」と大上段からの一撃。
ヴィニス様もヴィニス様で、「小娘が」とでも思っておいででしょう。
付き合いの長さは、自分の方が長いのですから。
“大公女”と“市長夫人”の戦争勃発です。
“魔女の隣席”を取り合って、バチバチ火花を散らせる重たい空気。
(穏便な解決はできないものかしら? ああ、なんだか胃が痛い)
忙しない準備の日々から解放されて、今は幹事役と言えども宴を楽しみたいというのに、机を挟んだ反対側では燕と小夜啼鳥が喧嘩の真っ最中。
けたたましく鳴き声を上げていないだけ、まだマシと言う状況です。
なんとしても場の雰囲気を変えようと、私は“余計な事”を企てました。
「リミア殿下、今日という日に一曲いかがでしょうか? 本日は婦人会の記念日でありますが、殿下の御披露目の場でもありますし」
歌って場を和ませようというのが狙い。
リミアは歌の才能があります。
【太陽に愛される第一の女】と呼ばれる魔術の才で、人々を引き付ける歌声を発するもの。
歌劇歌手にでもなればよいのですが、魔女の弟子を目指すひねくれ者。
どうにも師匠の悪い部分ばかり、学び取ってしまったようで、我ながら養育に失敗したのではと悩む日々です。
歌う事自体は好きなのですが、どうにもひねくれている少女。
しかし、私に対してだけは素直で割と従順。
少し考えた末に首を縦に振る。
「お師匠様がそう言われるのでしたら、御披露しましょうか」
席を立つリミアに、クラリッサ様がヤンヤヤンヤと囃し立て、何か余興が始まるのだと周囲に気付かせます。
こういう切り替えの早さ、機を見るに敏な姿勢はさすが。
ノリの良さは夫のアロフォート様と同じですね。
そして、壇上に上がったリミアは軽く深呼吸をしてから、一曲吐き出しました。
***
お金、それは美味しいもの~♪
お金、それは楽しいもの~♪
お金、それは便利なもの~♪
お金、それは奇麗なもの~♪
お金、お金、お金、お金、お金~♪
お金、時に迷子になる~♪
お金、いつもどこかへ行く~♪
お金、行方知れずになる~♪
お金、離れないで欲しい~♪
お金、お金、お金、お金、お金~♪
お金、実は寂しがり屋~♪
お金、だから一緒になる~♪
お金、積んで山のごとく~♪
お金、目指せ黄金郷~♪
お金、お金、お金、お金、お金~♪
***
はい、案の定、やらかしました。
リミアの歌声はまさに天使のそれに等しい。
耳に入る心地よさと、いつまでも余韻の残る力強さがあります。
しかし、“詩作”に関しては悪魔のごとし。
“お金”か、もしくは“魔女”についてのものばかり。
それを堂々と発せられる胆力は流石ですが、はっきり言って空気の読めなさにも通じます。
(普通の歌も教えたのですが、どうしてこうなったのでしょうか?)
微妙な空気が漂い始めています。
歌唱力は完璧。魔力の籠った歌なのですから、“普通にちゃんと”歌えば拍手喝采だったでしょう。
ですが、“自作の詩”を歌にして発したのですから、お察しの反応。
歌は上手いのに、歌っている内容が反応に困るそれ。
拍手していいの!? という反応が出席者から漂っています。
(な~んで、ここで“普通”にできないのかしらね、この子は!)
独歩過ぎる性格が、才能を殺しています。
私の指南が悪かったと言えばそれまでなのですが、全然矯正されませんでしたからね、リミアは。
剣呑な雰囲気は消し去りましたが、別の意味で微妙な空気が場を支配してしまいました。
やはり、余計な手管は、余計な結果しか生まないという事なのでしょうか。




