8-27 神は死んだ!(多分)
一触即発とは、まさにこの事なのでしょう。
リミアがいきなりヴィニス様を挑発し、喧嘩を吹っかけてしまいました。
(この二人は相性最悪! 迂闊でしたわ!)
なにしろ、どちらも似た者の同士。同族嫌悪というものなのでしょう。
基本的に内に籠る性格で、身内以外にはあまり心を開かない。
それでいて、心を開いた相手にはべったりくっつく“かまってちゃん”。
そのくせ、いざという時の行動力は凄まじい。
(しかも、どちらもお嬢様で、根の部分は基本的に我がまま。それ故に遠慮をしない。特に経験の浅いリミアの方は!)
ヴィニス様はすでに二十四歳になられ、ある程度落ち着いた雰囲気になってきました。
かつては事ある毎に私に飛びついて、時には娼館にまで足を運んで来るようなこともありました。
しかし、今は落ち着かれたのか、娼館の来る回数も減少傾向。
夜通し慰めてもらう必要もない程に、あるいは強くなってきたのかもしれません。
しかし、リミアは別。
まるで仔犬のように駆け回り、キャンキャン吠えたてているような状態です。
経験が浅いからこそ、誰彼構わず突っ込んでいく。
ただ、“嗅覚”は優れているようで、誰が“邪魔者”なのかを見極められる鋭い感覚を持っているようです。
だからこそ、“昔の女”などと挑発し、こっちに来るなよと警告を発する。
そのリミアの言動こそ、ヴィニス様への宣戦布告となると知った上で。
(まずい! 非常にまずいです! 公衆の面前だから大丈夫と考えていた私が浅はかでした! 協調性とか、譲り合いとか、全然考えない二人を鉢合わせしたのは失敗! 大失敗!)
この場を設えたのはオクタヴィア叔母様ですが、安請け合いしたのは私。
どうにか落ち着かせませんと、我が家の威信に関わると言うものです。
(が! 今は! ひとまずの時間稼ぎ!)
二人の仲を取り持つのは当然としても、今は冷却期間を一分でも、一秒でも設けておかなくてはなりません。
ゆえに、私は素早く動く。
得体のしれない念力を飛ばす両者の間に割って入り、若干引きつりながらも営業用の笑顔を作りました。
「ヴィニス様、会も間もなく始まりますし、席に着かれては!?」
「……そうですわね。では、後ほど」
きびすを返し、会場へと入っていかれましたヴィニス様。
まずは収まったかと安どのため息を漏らしつつ、視線をリミアに向けます。
妙にニヤついているのが、らしくないと申しましょうか。
他の方の前ではしないような、含みのある笑みですわね。
「リミア、心臓に悪いですから、ああ言う挑発的な言動は厳に慎みなさい」
「代弁ですよ、お師匠様の」
「代弁?」
「正直に言いますと、別れたいのでは? 義理や仕事と割り切るのは、いい加減疲れるだけではございませんか?」
ズバリな図星を突いて来ますわね、この子は。
なんやかんやで惰性でお付き合いを続けているのは、紛れもない事実です。
抱える悩みで圧し潰されそうな少女時代のヴィニス様と、今のヴィニス様とではもはや別人のように成長されました。
こちらへの好意を示してくれて、おまけに娼婦としてお買い上げいただいているのですから、それ相応の稼ぎにもなっています。
何より、市長との太い人脈構築には役立っていますからね。
現に市役所の方から、我がイノテア商会の方に注文が入る事も多々あり。
間違いなく、優先的に仕事を回してくれていると感じております。
(まあ、その代償と思えば安いものです。私が我慢すれば、という話ですが)
疲れはしますが、だからと言ってここで手放すのは論外。
しかし、リミアは“私”に気を使って、さっさと別れたらどうですかと、進めてきたわけです。
自分が泥をかぶる事になることも辞さずに。
(どんどん中身が私に似てきますわね。そこまで手解きした覚えはないのですが)
あるいは“裏仕事”に触れた事が刺激となり、少女を妙な方向に覚醒させてしまったのかもしれません。
それはそれで頼もしくもありますが、同時に危うくもあります。
「いいですか、リミア。口は災いの元というように、ふと口にした言葉が思わぬ結果を生み出してしまうものなのです。だから、言葉遣いには気を付けなさい。敵を増やすだけですよ」
「つまり、優雅に罵倒しろと」
「罵倒はしなくていいのですよ。とにかく“大公女”としての自覚を持ち、皆に親しみと敬意を抱かれる存在になりなさい」
先が思いやられるとはこの事ですわね。
その身を預かってそれほど時間も経っていないというのに、心労が溜まってきましたわ。
「では、出席者は揃った事ですし、くじを引きましょう、お師匠様」
「そうですわね」
招待客に欠けがないのを確認し、私とリミアも会場へと入りました。
座席は基本的にくじで決めます。
勝手に決めてしまうと文句が出ますし、くじで決めた方が偶然性を生じさせ、不満もないと言う訳です。
普段話さない方との交流もできるというものですし、それが婦人会の伝統です。
私とリミアはくじを引き、その番号の席へと移動する。
そして、私は確信しました。神は死んだ、と。
もしくは、愉悦に浸るのを第一に考えるひねくれ者である、と。
着いた座席が、考え得る中で最悪中の最悪。
私は長机の端の席で、その隣にはボロンゴ夫人のクラリッサ様。
机を挟んだ反対側にヴィニス様で、その隣がリミア。
(最悪! 水と油、おまけに賑やかしまでいる! 波乱の席順! 爆発炎上の予感! 本当に危うい、この席は!)
よもやまさかの、揃ってはならない顔触れが、一堂に会してしまいました。
タダでは済むまいと思いつつ、すでに戦は始まっています。
魔女の恋人(自称)と、魔女の弟子(自称)の、居場所の取り合いが!




