表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第8章 魔女に捧げる愛の詩
218/404

8-26 水と油は混ざらない

「これはこれはヴィニス様、ようこそお越しくださいました」



 宴の幹事役である私は、次々と出席者に挨拶をしておりますと、市長夫人のヴィニス様がお越しになられました。


 親しくお付き合いするようになって早八年。


 当時は可憐で、少々暴走しがちな少女でしたが、今ではすっかり淑女の雰囲気を纏う落ち着いた女性になっております。


 若すぎる夫人であるがゆえに、結い上げた髪に違和感を感じていたあの頃と違い、今ではすっかりと様になっている御姿。


 今日のお召し物は、なんと緑のロングドレス!


 蔦文様の繊細な刺繍に加え、空中縫目(プント・イン・アリア)という最近流行の兆しを見せているレース織まで取り入れた華やかな衣装でございます。


 あの引っ込み思案な根暗少女が、流行の最先端を行く様は素晴らしいの一言。



(ただまあ、趣味の詩文を未だに送りつけてくるのは相変わらずですが)



 昔からの趣味である読書と詩作はなお健在。


 たまに私に送ってきますが、基本的にその中身は“魔女”への恋文。


 韻を踏んだ美しい文体なのでございますが、もらう側としては苦笑いするより他ありません。


 美男子の吟遊詩人トロバトーレより捧げられたらば、流石に私もドキッとするやもしれませんが、同性相手では反応に困ります。


 こればかりはなかなか慣れないものですわね。



「ヌイヴェル様もご機嫌麗しゅう。いつも変わらぬその白磁の肌と、紅玉ルビーノの眼、お美しい限りですわ」



「いえいえ、ヴィニス様も今日のお召し物、よく似合っておいでですわ。森の中より妖精を招待してしまったかと、思わず名簿を見返してしまいました」



「魔女と妖精の組み合わせですか、うふふ」



 互いの姿を褒める事など、まずはありきたりな挨拶。


 ヴィニス様の本心からすれば、程々に切り上げて、個室でゆっくりと“二人だけ”で過ごしたいとお考えなのでしょう。


 事実、そんな場面はこの八年で何度もありましたので。


 しかし、今日は幹事役であります私ですから、そういう訳には参りません。


 用意した祝宴を皆さんにご満足いただき、心地よいひとときとその空間を演出するのが私の役目でございますから。



「あら、ヌイヴェル様、そちらのお嬢さんがお話に聞いていたお姫様でしょうか?」



「はい、左様でございます。リミア様、ご挨拶を。例の“市長夫人”ですわ」



 リミアに対しては、ヴィニス様との“裏事情”を伏せて説明しております。


 さすがに“市長夫人”が“娼婦”を買って、よろしくやっていたなどという話は、少女には刺激が強すぎるお話ですので。


 しかし、それは甘かった。読み違えです。


 そう、リミアの“魔女の弟子ディシェポロ・デ・ステレーガ”としての嗅覚を。



「ああ、あなたがお師匠様(パドローネ)の“昔の女”ですか。私、『魔女の館(このやしき)』で一つ屋根の下、共に暮らし、魔女様から手解きを受けている“大公女プリンチペーサ”のリミアでございます。どうぞよろしく」



 リミアの放った言葉で、場の空気が一変しました。


 私としましては、いきなり氷水の中に放り込まれた気分です。



(んんんんんんん!? “昔の女”って!? なんかおかしい!)



 引きつる顔で無理やり笑顔を作るのがやっとです。


 この性格の悪さ、私の“悪い部分”が伝染しておりますね。


 一つ屋根の下、手解き、どれも嘘ではありませんが、相手を刺激する文言を敢えて選び出すという性悪っぷり。


 さすがは魔女の弟子を自称するだけはある。


 いつの間に、ここまで性格がぶっ飛んでしまったのか。



(はい、私の責任ですね。私が養育係ですもんね)



 これではフェルディナンド陛下に合わせる顔がありません。


 “大公女プリンチペーサ”に相応しい立ち振る舞いを身に付けさせるはずが、身に付くのは“魔女ステレーガ”の方向にばかり寄ってしまう。


 これマズいです。非常にマズいです、はい。


 実際、驚愕の感情を表に出した後、怒りに打ち震える手を抑え込みながら、ぎこちない笑顔を作るヴィニス様。


 “喧嘩を売られた”と認識したのは間違いないようですね。


 お願いですから、ここは“大人の対応”で流してください。


 子供の悪戯だと、笑ってやってください。



「いけませんね~、そういう態度は。養育係の魔女様の顔に泥を塗りかねませんよ。背伸びをするのは若気の至りではございますが、ともすればうっかり足下の小石につまずかれる事になりますよ」



 ヴィニス様の笑顔が怖い。


 本気でお怒りのようで、二人の間に言い表せぬ空気が!


 重く、澱み、毒気を含むかのような、そんな空気です。


 うっかり蝋燭でも差し入れれば、そのまま着火しかねない程の熱気と刺々しさを感じてしまいます。



(止めて! 本気で止めて! 私が幹事役の時に宴席で十二歳と二十四歳の喧嘩とか、本気でやめてください!)



 どちらも若い。


 基本的に市内の名士の御婦人の集まりですから、平均年齢は高い。


 目の前の二人が、年齢を若い方から数えて一番と二番です。


 若気の至りで済ませてやりたいのですが、最悪取っ組み合いにでもなりかねません。



(迂闊! この二人の水と油! 着火した油を水が消すか、油が水をよどませるのか、それは分かりませんが、相性は最悪! 同席させたのは失敗でした!)



 これでは“大公女プリンチペーサ”リミアのお披露目が台無しになりかねません。


 陛下の娘と市長夫人の喧嘩なんて、“政治の世界”にまで悪影響を及ぼしかねません。


 とんだ騒動が発生してしまいそうですわ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ