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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第8章 魔女に捧げる愛の詩
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8-23 会場選び

「ヴェル、来週の事は忘れておりませんね?」



 その日は安息日であり、教会での儀典ミサを終え、自宅である『魔女の館カサデーラ・ステレーガ』に戻った直後の事でした。


 声をかけてきたのはオクタヴィア叔母様。


 従弟のディカブリオの母親であり、私にとっては店の上司とも言える人。


 娼婦にあれこれ差配する“取り持ち女”であり、支配人であるヴィットーリオ叔父様が店にはあまり来ない事から、実質的な支配者という訳です。


 店では当たり前のように顔を合わせる叔母様ではありますが、私の自宅である『魔女の館』にまでやって来るのは稀。


 もちろん、その理由も心得ております。



「もちろんでございます。次の安息日の件ですわね。婦人会の会合の」



「そうそう。と言っても、女だけで飲み食いするだけですけどね」



「それは承知しております。殿方の視線を気にせずおおっぴろげに酒を飲める機会ですからね。抜かりはございません」



 港湾都市ポルトヤーヌスの婦人会は歴史があり、今年で丁度三百年になります。


 都市内の大店や各ギルドの組合長の御婦人が集まり、親交を持とうというのがその会の目的。


 名士、権力者の御婦人ばかりでございますから、中には『影の市議会』などと揶揄する者がいるほどです。


 実際、影響力はバカにできませんし、それゆえに私も“未婚”ではあっても、男爵夫人の名を借りて出席しているほどですから。


 そして、オクタヴィア叔母様の言う来週の件とは、婦人会、その創立三百周年記念の祝賀会の事でございます。



「間が悪く、店はどこも予約でいっぱい。百人規模で会食できる大きな場所取りが出来なくて、急遽『魔女の館(わがや)』でとなりましたからね」



「そうそう。それで、準備は進んでいるの?」



「はい。その点はご安心ください。すでにボロンゴ商会に酒類や食材の発注はしておりますし、その伝手で腕利きの料理人にも出張をお願いしておきました。もちろん、その他装飾や設えも完璧です」



 百人規模で宴席を設けれる広間のある場所など、個人の邸宅では『魔女の館』くらいなものですからね。


 我がイノテア家の財力を見せ付けるまたとない機会です。


 私もまた気合が入るというものですわ。



(この手の宴席は、自勢力を見せ付ける場でもありますからね。手を抜くわけには参りません)



 用意された酒や料理の質や量で、“財”と“人脈”が透けて見えてくるものです。


 どこそこと取引があり、どういった食材を使っているかで、おおよその値段や取引先が分かってしまうものです。


 なにしろ、婦人会の顔触れは町の上流階級の御婦人ばかり。目の肥えた方々がズラッとならんでおりますからね。


 いい加減な物を出せば、いかに上手く表面上を糊塗しようとも、手抜きがバレてしまうものです。


 そうなればあっと言う間に悪評が広がるのが、上流階級の情報網なのです。


 中には上級貴族との繋がりのある大店の御婦人もいらっしゃいますから、公都キャピターレゼーナの方にまで噂が広がりかねません。


 もちろん、その逆もまた然り。


 完璧なおもてなしをご用意し、満足いただければ名声に繋がります。


 社交界においては、“評判”というものが何よりも重要ですからね。


 いざという時に人脈作りに、最も重要な要素がそれなのですから。


 今回の幹事役、接待役は完璧にこなしますとも。


 魔女ではなく、娼婦でもなく、気品ある“男爵夫人”として、ね。



(婦人会となると、“市長夫人”のヴィニス様も当然いらっしゃいますし、ちゃんとお相手しないといけませんね)



 ヴィニス様が私を“娼婦”としてお買い上げになって、早十年でございます。


 その後は婦人会で顔を合わせて談笑し、時折我慢しきれなくなってまた私を買うというのがいつもの流れ。


 市長公認の“間女”という訳ですが、なんとも未だに釈然としない時もございます。


 この十年間で色々とございましたから。


 アゾットとラケスの兄妹が我が家の一員となり、そのラケスと従妹のディカブリオが結婚。


 お婆様が亡くなったのも八年前。


 フェルディナンド陛下やアルベルト様から厄介事を押し付けられて、解決に奔走するのも慣れてしまいました。


 娼婦としても海千山千の客を相手に御奉仕して、中にはヴェルナー司祭様のような扱いにくい方もお相手致しました。



(そして、極めつけはちょっと前に起こった『処女喰い』の一件。ヴォイヤー公爵家によるジェノヴェーゼ大公国の簒奪を阻止しましたが、法王聖下との接触がさらなる謎を呼び、結局はあやふやな部分が増えただけ)



 魔女としても、娼婦としても、男爵夫人としても、忙しない事です。


 どれか一つに集中できるほど、暇ではありませんからね。



(それに、『処女喰い』の一件で預かったリミアの事も面倒を見ねばなりませんし、いやはや目の回る忙しさです)



 リミアは元々ボーリン男爵家のお嬢様でしたが、姉のクレアが『処女喰い』の餌食となり、その敵討ちと言わんばかりに付いて来たという経緯があります。


 事件は無事に解決(したと思いたい)致しまして、親御の下へ帰すのは当然なのでしょうが、そうはいかない事情というものがあります。


 数々の裏事情を目撃し、挙げ句に法王聖下の圧倒的な力にまで触れてしまったのですから、下手に解放するのもはばかられる状態。


 結局、偽装工作のために用意したフェルディナンド陛下との養子縁組をそのまま維持し、男爵令嬢から“大公女プリンチペーサ”へと正式に認められました。


 しかし、その教育となると王宮でやるわけにもいかず、陛下が私に押し付けてくる始末。


 目下の一番の厄介事が、“お姫様の手解き”というわけです。



(リミアには困ったものですからね。“大公女プリンチペーサ”に相応しい立ち振る舞いを身に付けさせようとしても、“魔女ステレーガ”になりたいと言って聞きませんし、悩ましい限りです)



 むしろ、彼女の持つ魔術の才【太陽に(ソーレ)愛される(プリマ)第一の女(ドンナ)】を考えますと、オペラ歌手にでも弟子入りさせて、舞台俳優としての道を歩ませたいとも考えています。


 “大公女プリンチペーサ”の発する美声に皆が酔いしれる。


 それもまた、あの子には相応しいと考え、弟子入り先を探しているところでもあります。


 魔女なんかよりも、歌手に。


 才能を活かすのであれば、それが最良だと信じればこそです。



「ああ、そうだ、ヴェル、今一つ」



 あれこれ考え事をしていますと、オクタヴィア叔母様の声で現実に戻されてしまいました。



「叔母様、なんでしょうか?」



「来週の婦人会ですが、リミア殿下も出席しますから、それの準備もよろしく」



 いきなり投げ付けられた提案。と言うよりもほぼ“命令”。


 完全な不意討ちで、思わず目を丸くして驚く私。


 この一言が、更なる波乱を呼び起こす事となるのですが、この時の私はそれを甘く見ておりました。


 そう、世の中、決して会わせてはならない者同士があるのだという事を。

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