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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第8章 魔女に捧げる愛の詩
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8-16 御初会

 私が勤めております高級娼館『天国の扉(フロンティエーラ)』に一人の少年がご来店。


 筆下ろしにやって来て、ドキドキ緊張しているのかというとさに非ず。


 少年の正体は“市長夫人”のヴィニス様。


 少年の姿に扮し、少女(既婚者)が娼館に足を運ぶという異常事態。



(しかし、まあ、なんというか、不格好と言いますか、違和感と言いますか)



 ヴィニス様の装いがなんとも珍奇。


 服やズボンは男物のそれであり、見た目的には十一、二歳の中性的な美少年に見えなくもありません。


 しかし、問題なのは頭。と言うか、帽子。


 長い髪を隠す為なのでしょうが、尖塔帽エナンを被っていますね。


 尖塔型の帽子に薄布ヴェールが垂れ、正面以外から顔が見えにくいように工夫されています。



(さすがに少女が娼館通いという点がはばかられたのでしょうが、もっと自然な帽子がなかったのでしょうか)



 そもそも尖塔帽エナンは貴族の御婦人が被る帽子ですからね。


 少年の服装にその帽子は、はっきり言えば不自然極まる。


 長い髪を隠し、少しだぶついた服装で控えめに膨らんだ胸部を見えなくするという意味はあるのでしょうが、やはり異質な衣装と言わざるを得ません。


 まあ、そんな事はおくびにも出さず、いつも通りの接客です。


 なにしろ私は娼婦プッターナ、いえ、高級娼婦コルティジャーナなのですから。


 お客様には文字通りの“天国の扉”をくぐっていただき、楽しんでいただく事を第一に考えねばなりません。


 筆下ろし(?)にやって来ました“初心うぶな少年”の緊張をほぐす。まずはそれが先決。



「ようこそお越しくださいました。ささ、こちらへどうぞ」



 私はヴィニス様の前に立ち、そっと右手を差し出しました。


 もちろん、笑顔と共に。


 何と申しましょうか、おおよそ二カ月ぶりくらいの顔合わせでございます。


 別件で忙しなく動き回っていたため、婦人会の方には顔を出す事が出来なかったため、止む無き事ですが。


 その間の寂しさや不安が、例の色艶全開の詩文がつづられた手紙に表れていたわけので、少々放置しすぎた点は反省しなくてはなりません。



(まさかこんな事態になるとは、完全に想定外でしたわ)



 私自身、すでに何十人、何百人と殿方を相手に“一夜の恋人”を演じてきました。


 初めて客を取ったのは、ヴィニス様と同じ十四歳の頃でしたわね。


 それから十年以上の月日が経ち、すっかり話術も寝技も熟達し、売れっ子嬢として店の看板を背負っております。


 そんな私でも、女性を相手に一夜の恋人役は初めての事。


 娼館において、初来店の事を“御初会おはつかい”と申しまして、嬢と客が初めて顔を合わせる事となります。


 これが極めて重要。


 なにしろ、人間というものは“眼”から外部の刺激の多くを頭に取り入れますので、“第一印象”というものがその後の関係に大きく作用してまいります。


 お客様からしても、嬢の顔はほぼ人伝ひとづての情報しかございませんので、実際に目の前に現れる嬢を気に入るかどうかは、やはり第一印象が大事。


 嬢の方からしても、再来店リピティトーレとなるかどうかは自分の腕前次第。


 そのため、“御初会おはつかい”はどちらにとても緊張を強いられます。



(まあ、それを感じさせずに緊張を取り除く事こそが、“御初会おはつかい”の神髄でもあるのですけどね)



 経験の浅い嬢では、なかなかそうは参りませんが、私はすでに熟練の域に達しております。


 まして、“御初会おはつかい”と銘を打てど、目の前にいるお客様とは顔馴染み。


 どうして欲しいのか、何を求めているのかは、すでに把握済み。



(そう、やれば良いのですよ。魔女として、少女を一人、たぶらかす事くらい、造作もありませんわ)



 私が差し出しました手のひらに、ヴィニス様も少し遠慮がちに自らの手を乗せて参りました。


 ここで不意討ち。


 乗せてきました手を軽く掴み、さっと手繰り寄せてはその体を抱き締めました。


 普段相手の殿方では、体格的な問題からそんな事はできません。


 しかし、私とヴィニス様とでは、私の方が体格的に恵まれておりますので、女手の引き寄せでも余裕で手繰る事が出来ました。


 いささか品のない行動ではございますが、“お客様のお求めの品”を差し出す事が商売でありますからね。



(そう、ヴィニス様に足りていないもの、欲するものは“温もり”。家では丁寧に扱われていても、そこに愛情はない。どちらかというと“同情”に近い。家のためとはいえ、四十以上も年の離れた市長の下へ嫁いでしまいましたからね。その市長自身も、若い後妻を持てあます有様。“同情”したくもなりますわ)



 豊満な胸元にヴィニス様を鎮め、帽子が落ちないように気を付けながら抱き寄せる。


 細い腰と、後頭部に手を添え、ギュッと抱き締めました。


 人目が有るので、いささかはしたなくもありますが、まずは緊張を取り払う事が第一です。


 実際、ヴィニス様も抱き付き返し、小声でぼそりと「お会いしたかったです」と囁かれました。



(よしよし、上等。まずはこれでよしっと。続きは部屋に行ってからですよ)



 いささかいやらしい手付きで、ヴィニス様が私の“尻”を撫で回して来ましたので、一旦ここでお預けです。


 さすがに人前でそれはマズいです、はい。



(と言うか、やはりあれじゃない! 本気で“肉欲”を全開にして来店してきましたわね! これは軽いお喋り程度では済みそうもありませんわ)



 実際のところ、会って話していれば欲情も薄れるのかと思いましたが、それはないという事が分かりました。


 いやはや、少女相手に“寝技”を使う事になろうとは、今朝まで考えた事もありませんでしたわ。


 皆が見守る中、私は少し急かすようにヴィニス様と腕を組み、部屋へと向かいました。


 グリエールモ市長との太い人脈の構築を考えて近付いた、ヴィニス様との関係でございましたが、恋人として一夜の逢瀬を迎えるとは思っても見ませんでした。


 人生、何が起こるか分からないなとつくづく実感いたしましたわ。

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