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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第8章 魔女に捧げる愛の詩
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8-15 初来店

 さて皆様、私が勤めております高級娼館『天国の扉(フロンティエーラ)』の来店風景について、ご説明いたしましょう。


 『天国の扉(フロンティエーラ)』は極めて豪勢な、それでいて古風な佇まいの建物になっております。


 百年ほど前に流行った造りの門構えであり、そこが“伝統と格式のある貴族の館”を彷彿とさせる見た目で、まさに他の娼館とは一線を画する証と言えましょう。


 と言いましても、“庭”の部分がほぼないため、あくまで見た目だけに貴族の館に設えているのは明らか。


 まあ、敷居の高さを演出する小道具と思っていただければ幸いです。


 門をくぐり、玄関ホールに入りますと、そこはまさに別世界。


 歓楽街の喧騒とは無縁の、雅な雰囲気の落ち着いた内装で、お客様をお出迎え致します。


 お客様の来店時は、予約の嬢が玄関ホールにてお客様を迎え入れます。


 さながら、貴族の館に来賓として足を運んだと思うほどに。


 嬢の他にも、手隙の従業員やまだ客を取っていないような見習い嬢もその列に加わり、お客様を歓迎いたします。


 そして、宛がわれた部屋へと案内する。


 これが通常の流れでございますね。


 ちなみに、部屋数は全部で十二部屋存在し、最大で十二組の“一夜の夫婦”を生み出す事が出来ます。


 躾、教育の行き届いた嬢が十数名在籍しており、さながら貴族の御婦人や御令嬢と楽しいひとときを過ごされますのが当館の売り。


 本当に“天国の扉を開く”と言う訳でございます。


 そして今、その天国の扉をくぐる新たな客が一人。


 当館では“完全予約制”を採用しておりますので、どこの誰が来店して、誰が接客するのかは事前に店も客も理解しています。


 私はいつものように玄関ホールの脇にある待機部屋で客を待ち、呼び出されるのを待っておりました。



(さて、やってきましたか)



 待機部屋の窓からは門が見えるようになっていますので、来客があればすぐに分かります。


 実際、門の前に馬車が停まり、一番にお出迎えする門番が応対しているのが見えました。


 そして、今の時間は私の客が来店する予定の時間で、しかも予約の入れた客であるのは、事前に知らされていた旗章バナーから一目瞭然。



「お~い、ヴェル、例の客が来たぞ」



 呼び出して来ましたのは、当館の支配人ディレットーレでもあるヴィットーリオ叔父様。


 そして、“取り持ち女”のオクタヴィア叔母様。当館の運営をする年季の入った女性で、嬢の管理運営から教育まで、その全てを任されている実質的な責任者です。


 この夫婦が店内で顔を合わせるのは、かなり珍しい事でございます。


 オクタヴィア叔母様は店の責任者として、毎日のように店内を忙しなく動き回っておりますが、ヴィットーリオ叔父様はそうではありません。


 隠居した男爵でもありますので、どちらかというと名士の集まりに顔を出しては、貴族や富豪との顔繋ぎを行う、いわば“営業”や“人脈作り”に重きを置いております。


 普段は滅多に現れない叔父様ですが、上客になり得る方の初来店という事で、わざわざのお出迎えというわけでございます。



(そう。何しろ今日の客は市長! ……お財布の名義だけですけど)



 予約を入れたのは市長であるグリエールモ様。


 代金の支払いもグリエールモ市長。


 しかし、実際に来店するのは別人。


 やって来たのは、“市長夫人”であるヴィニス様。


 若い後妻を持て余した市長が、妻に娼婦を宛がうという前代未聞の状況。



(いやまあ、この状況を作り出した原因は私にもあるのですが、本当に来店するとは思っても見ませんでしたわよ!)



 平静を装いつつ、玄関ホールでお客様をお出迎えしておりますが、よもやまさかの事態です。


 そもそも、ヴィニス様に近付きましたのは、“下心”あってのもの。


 愛のない夫婦、家族の心の隙間に入り込み、懇意となって市長との太い人脈を構築するというのが当初の目論見。


 それについては大成功でございました。


 ヴィニス様と仲良しとなり、さてそろそろ市長との関係をと思っておりましたら、思わぬ事態が発生。


 ヴィニス様に嗅がせた“親身な優しさ”という名の魔女の薬が効き過ぎまして、親愛を通り越して劣情に至るという予想外の展開。


 それが今、“娼館への来店”という具体的な形として現れた次第です。



(……が、現れたのは“少年”でございますか)



 そう、玄関ホールに現れましたお客様は“少年”。


 来ている服装こそ身なりの整ったお坊ちゃんといった感じではありますが、背丈は低く、とても娼館に足を運ぶような年齢には思えない客。


 まあ、貴族や富豪のお坊ちゃんが“筆下ろし”に来た、とも取れますが。


 不格好な帽子を被っておりますが、それもまた、長い髪を誤魔化すための物。


 顔立ちは紛れもなくヴィニス様。



(さすがに普段の姿での来店ははばかられましたか)



 少女の姿で娼婦を買いに来るなど、世間体もありますからね。


 変装も当然と言えば当然の対処でありましょう。


 とはいえ、お客様はお客様。


 すでに前金で全額お支払いいただいておりますし、手を抜く事など論外です。


 誠心誠意の御奉仕あっての“高級娼婦コルティジャーナ”でございますから。



「お待ちしておりました。ようこそ、『天国の扉(フロンティエーラ)』へ」



 歓迎の意を示すため、玄関ホールにいる一同揃ってお辞儀。


 さあ、前例のない事とは言え、しっかりと御奉仕いたしましょうか。

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