8-10 魔女への手紙
その日は私の勤め先であります高級娼館『天国の扉』にて、書類仕事に追われておりました。
私も齢を二十代も半ばを過ぎ、年季の入った落ち着いた雰囲気と言うものが自然と醸される年齢。
いつまでも若いとは言えず、お払い箱になるやもしれません。
もっとも、今は売れっ子ですから、予約がひっきりなしに入ります。
しかし、五年後、十年後はどうなっているのか分からないのが娼婦稼業。
色香の衰えは人気の低下に繋がり、客足が途絶えれば娼婦として稼いでいく事はできません。
いつまで娼婦を続けれるかという年齢でございますし、表の華やかな仕事は後進に譲り、こうした裏方の仕事をやる日が来るでしょう。
何しろ、『天国の扉』は我が家が経営するお店でもありますし、その内に“取り持ち女”として、他の娼婦を統率する日がやってきます。
娼婦として現役を引退しようとも、店の経営に関わる事はすでに既定路線。
まあ、今日のはそのための予行演習だとでも思っておけと、今の“取り持ち女”でもあるオクタヴィア叔母様に書類仕事を押し付けられたというのが、正しいのでありますが。
そうして仕事が一段落して、豆茶を楽しんでおりますと、執務室の扉が叩かれました。
こちらの返事を待たずにササっと入って参りましたのは、私と同じく娼館で働いておりますジュリエッタでございました。
ジュリエッタはまだ十一歳で、客の取れる年齢ではありませんが、私やカトリーナお婆様の手解きを受け、今は礼法から教養、そして、“寝技”を身に付けている最中でもあります。
その傍ら《かたわ》、私の身の回りの世話をする小間使いをしております。
燃えるような炎のごとき赤毛と、笑顔が素敵な少女でありますし、いずれ売れっ子としてこの店を引っ張っていく事でしょう。
いずれ、私の後釜として。
「ヴェル姉様、お手紙が届いておりますよ」
封書をヒラヒラさせながら、机の前までジュリエッタが歩み寄って参りました。
「どちら様からの手紙?」
「ええっと、ヴィニス=ロッチャーダって書いてあるから、市長夫人からですね」
「あらまあ、ヴィニス様からですか」
ヴィニス様とは婦人会の集まりで何度か顔を合わせることがございました。
週に一度くらいは何かしらの集まりで出会っては他愛無い話で談笑しておりましたが、ここ最近は御無沙汰しておりますわね。
まあ、最近は本職や“裏仕事”に加え、男爵家の領地の仕事も入ったりと、多忙を極めておりました。昼食会や他の行事も欠席続きで、ここしばらくは顔を合わせる機会がありませんでした。
「ヴィニス夫人とは最近、会っていませんでしたからね。色々と仕事が重なって。先方には今度お会いする時には、何か良き品でも用意いたしましょう」
「お姉様の営業もマメですよね」
「あなたもそのうち分かりますよ。放っておいても客が付いて、縁故が広がるのも若い内だけ。小さなことでも積み重ねておくことで、縁という糸を伸ばしていくのです。手札を増やしておくのに、損ということはありませんよ」
私は手紙を受け取りまして、送り主の名前を確認し、その顔を思い浮かべました。
寂しい思いをなさっている一人の夫人、少女と呼んでも差し支えないその籠の鳥を、少しでも元気づけれるよう思案をしていると、妙なことに気付きました。
「宛名が……、ない? あ、魔女って書いてあるわね」
「今、この娼館で“魔女”って言ったら、ヴェル姉様だけですからね」
ジュリエッタが宛名のない手紙を、私の下へ持ってきた理由は理解しました。
港湾都市ヤーヌスにおいて、“魔女”と言えば、私かカトリーナお婆様くらいですからね。
しかし、お婆様は『魔女の館』で静養なさっていますし、『天国の扉』の魔女と言えば私しかおりません。
「ん~。最近は忙しかったですからね。ヴィニス様とはしばらく会っていませんでしたし、何か急用でしょうか」
「どうでしょうか。……しかも、愛しの魔女様へ、だって」
何と申しましょうか、妙な枕詞が気になりますが。
さてさて、どんな用件で手紙を出してきたのかと、封書を開封して中身を確認しますと、とんでもない事が書かれておりました。
それは私も、ジュリエッタも、目を丸くして驚くほどに。




