8-9 空いた時間
それからと言うもの、私は婦人会の集まりがある毎に、ヴィニス様となるべく接するようにしました。
彼女のぽっかりと空いた心の隙間を埋めるべく、さながら母や姉のように。
他愛無い世間話に華を咲かせ、あるいは不慣れな恋愛についてもお話しました。
もっとも、私の色恋と言えば、“仕事”ついてでありますけどね。
一夜の色恋を商売とする娼婦でありますので、そこは色々とぼかしてお話しましたが、それはそれで興味を持たれたご様子。
年頃の少女らしい反応と言えましょうか。少し気恥ずかしそうに、割と突っ込んだ話をするようになりまして、以前よりかは随分と明るくなりました。
(そして今、再び二人だけの茶会を催している、と)
時間に余裕がありましたらば、個人的にお茶にお招きするようにもなり、二人きりの時はより積極的に話されるようになりました。
以前はこちらが声を投げかけて、それでようやく返してきた引っ込み思案のお嬢様が、今では自分の方から話しかけて来ては、笑顔を私に向けてきます。
結構、結構、年相応の愛らしい笑顔に、上手くいったと満足する私。
ひとまずは作戦の第一段階は終了と言ったところでありましょうか。
あくまで私の最終目標は、“市長と懇意になる事”ですからね。
その奥様であるヴィニス様との接点は、いずれ大きく寄与すればというもの。
(まあ、個人的な感情を言えば、市長に説教してやりたい気分ではありますけどね)
グリエールモ市長は優秀な方ですし、私の住処のある港湾都市ヤーヌスにおける各団体や大店、あるいは貴族との利害調整に奔走し、市政を円滑に回してきた手腕は流石と言わざるを得ません。
しかし、それゆえに、家族に関しては二の次。
若くして後妻の席に着く事になったヴィニス様に対しては、一応の礼節を以て丁重に扱っていますが、本当に置物扱い。
そこにいてさえくれればいい、と言う態度がありありです。
ヴィニス様の実家である大銀行との繋がりを重視した結果ではありますが、それでも今少し一考なさってから話を進めるべきでしたわね。
その若奥様、非常に寂しい思いをしているのですから。
その隙を突く形で私が入り込んだわけですから、ある意味では感謝しなければいけないかもしれません。
上流階級においては、人脈と言うものが何より重要。
特に都市においては、その行政の長である市長との強い繋がりは、何よりも重要ですから。
ヴィニス様を介して市長と繋がり、今後の交流を見据えた先行投資。
少女一人篭絡するだけですから、容易いものですわ。
***
……と言いたいところだったのですが、何もかもが上手くいくと言う訳ではございません。
何しろ私、ヌイヴェルは“ズルい女”なのですから。
娼婦、魔女、男爵夫人という三つの顔を持つ女。
どれか一つに注力すれば、他の二つか鎌首もたげて暴れ始める忙しなさ。
フェルディナンド陛下やアルベルト様から、毎度のごとく面倒事を押し付けられるなどは当たり前。
ファルス男爵家の領地である漁村からの陳情を処理したり、これでもかと仕事が重なってきました。
もちろん、その間の“娼婦稼業”も含めて。
結果、婦人会の方は優先順位が低いとあって、なおざりになってしまいました。
(まあ、ヴィニス様の件はあと一押しで終わるくらいには進めましたし、今度お会いする時にでも穴埋めすればいいかしら)
などと考え、厄介事を処理しながら、書類の山と格闘し、店の客と床入りしたりと、忙しない日々を過ごしてしまいました。
ヴィニス様の事を頭の隅に追いやって。
しかし、これがとんでもない失策。
後に面倒極まる事態に発展しようとは、この時は考えもしませんでした。
かつての私に言ってやりたい一言があります。
「仕事はちゃんと完遂しなさい。中途半端な場面で放り投げるのは以ての外だ」
いくら忙しないからと、途中で篭絡工作を止めてしまったのが運の尽き。
更なる混沌とした事態を生むのでした。




