8-7 魔女と若奥様 (3)
聞いてびっくり。結婚して三カ月も経とうというのに、一切の床入り無し。
それどころか、指一本触れていないとの事。
これは完全に男として、夫として、その責務を放棄していると言わざるを得ません。
(まったく、市長め……。こんな可愛らしいお嫁さんを貰っておいて、何もしないとか、ふざけるなって話ですわね。甲斐性のない!)
状況を聞き、ヴィニス様への同情心と、市長への不満を感じました。
しかし、それは無意味な事。
そもそもの話として、市長のグリエールモ様は齢が六十に届こうというほどに重ねておりますから、“女を抱く”という行為から卒業しているのかもしれません。
孫でも通用しそうなほどの少女相手に床合戦など、すでにやる気も“イチモツ”も萎えている可能性があります。
(まあ、私の周囲が元気過ぎるというのもありますが)
私は娼婦と言う職業柄、様々な殿方の相手をしておりますし、中には“老人”と呼んでも差し障りのないお客様もいらっしゃいます。
“交尾”が目当てで来店されていますし、市長夫婦と同列には語れませんが、それでもほったらかしと言うのはいただけません。
嫁入り前の手解きとして、色々と話を聞いてはいるのでしょうし、耳学問と現実の差に混乱するのもやむを得ませんか。
「それと、ヌイヴェル様、今一つ大きな悩みが……」
「…………? 市長様との付き合い以外に、まだ何かあるのですか?」
「そ、その、“息子”についてです」
「“息子”? ……ああ、そういえば、市長には先妻との間に息子がいましたわね」
うっかり忘れるところでした。
グリエールモ市長と亡くなられた先妻には、息子が一人います。
すでに成人されており、歳は私と同じくらいであったと記憶しています。
そうなると、目の前の少女には“年上の息子”がいる事になりますわね。
血の繋がりはなくとも、戸籍の上ではそうなります。
(年齢的に考えると、むしろそちらと結婚される方が、つり合いが取れるというもの。むしろ、今のヴィニス様とグリエールモ様の歳の差婚が異常)
四十以上離れた夫よりかは、十ほど離れた夫の方が釣り合うというものです。
しかし、私の記憶が確かであれば、その息子の方もすでに既婚であったはず。
何もかもがチグハグですわね、市長一家は。
「そ、それに……」
「それに?」
「来年には私、“おばあちゃん”になってしまいます」
「うわぁ……」
思わずうなり声を上げてしまった私。
つまるところ、“年上の息子夫婦”の間には子供が出来て、その内“孫”まで出来るというわけですか。
(十四の花嫁の次は、十五のおばあちゃん! これはいくらなんでも酷過ぎる)
ヴィニス様は話を聞く分には、未だに処女のご様子。
それが息子ができるわ、孫ができるわでは、ますます混乱する事でしょう。
もはや結婚自体が誤りであったのではと、考えたくもなります。
(夫としての義務を半ば放棄している市長、年上の息子という訳の分からぬ存在、年若い処女だというのにおばあちゃん確定! 同じ状況になったら、私でも苦労しますわね、これは!)
聞けば聞くほど、内部が無茶苦茶な市長一家の家庭内事情。
と言っても、特に虐待やらの“嫁いびり”の兆候は一切なく、丁重には扱われているようですね。
そもそもの話として、市長親子も若い後妻の扱いに苦慮しているのではないかと、勝手ながら推察しています。
大銀行の御令嬢ですから粗略には扱えませんし、だからと言ってべったり構ってあげられるほど時間的、体力的な余裕もなし。
(まあ、結局のところ、こんな縁談を持ち込んだ『パリッチィ銀行』の支配人が悪いって事になりますわね。全方向で迷惑かけているではないですか!)
いくら市長との縁故を考えたからと言って、このちぐはぐな婚儀は成立前に一考するべきでしたわね。
これは思っていたよりも時間がかかる。
そう確信に至りつつ、私はまた優しくヴィニス様を撫でながら、髪を梳いて差し上げました。
そして、そのまま愚痴や不安、不満を延々と聞く事となるのですが、これが思っていた以上にキツイです。
それも市長との関係構築のためとはいえ、とんだ沼にはまり込んでしまいました。
時間がかかる上に、聞いてるこちらまで混乱して滅入る話ばかり。
少女の身でこれを抱え込んでいるのですから、同情しか湧きませんわ。




