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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第8章 魔女に捧げる愛の詩
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8-5 魔女と若奥様 (1)

 社交場サロンは上流階級にとっては馴染みのある場所でございます。


 普段は酒、あるいは豆茶カッファでも飲みながら、あれこれ議論を深め、情報交換を行い、時に激論を交わす。


 社交場サロンに招かれるのは一種のステータスであり、こうした場の常連になってこそ、一人前であると周囲から認識されるほどです。


 そして、今回は婦人会の会場として、喫茶店カッフェを用いており、吹き抜けの大部屋で飲むのが通常ですが、脇の方には小部屋がいくつかございます。


 こちらは商談などに用いられる部屋で、取引、あるいは他言無用の密談を行う際に用いられます。



(まあ、防諜の観点からすれば、お粗末なものですけどね。本当に知られるとマズい密談をしたいのであれば、天空にそびえる塔の上か、あるいは地中に部屋を作る事をオススメしますわ)



 壁や扉越しに聞き耳を立てるなど、間諜の中ではごくごく当たり前の事。


 個室だからと油断できるものではありません。


 ゆえに、私の館には“塔の上の部屋”を用意して、フェルディナンド陛下やアルベルト様をお招きしているのですから。


 しかし、今日はそこまで気を回す事もない状況。


 内気な少女の悩みを聞いて差し上げるだけなのですからね。



「ささ、ヴィニス様、こちらにお掛けになってくださいな」



 個室はこれと言って特徴のない部屋です。


 一応、上流階級御用達のお店ですから、四人掛けの卓や椅子は良い物を用いておりますし、彩る細工も中々のもの。


 壁にかけられております絵画や小さな彫刻も、まず一級品と言ってよい調度品の数々。


 しかし、重要なのは私とヴィニス様の“二人しかいない”と言う事です。


 人目が有っては喋れない事を、しっかりと聞き出すのが私の役目ですから。



(まあ、いざともなれば【淫らなる女王の眼差しヴァルタジオーネ・コンプレータ】で心の中や記憶を覗き見る事も出来ますが、むしろ重要なのは“本人の口から吐き出させる事”でございますからね)



 人間、誰しも秘密や悩みと言うものを抱えているものです。


 特に、目の前のヴィニス様のように周囲に相談したり、あるいは愚痴をこぼせる相手がいない場合、抱え込むという事になります。


 その重荷は、担ぐ者を時に圧殺します。


 吐き出してしまえば、存外すっきりするものです。


 今日の私の役目は、まさにそれ。


 溜めてる胸中の想いを、表に出す事なのですから。



「ささ、ヴィニス様、こちらにお掛けになってください」



 そう言って私が用意しましたのは、“背もたれのない椅子”。


 普通に喫茶で会話を交わすのであれば、背もたれ付きの椅子を用意するのが当然でしょうが、目的が違いますのでこちらの椅子です。


 更に調度品の中にある立て鏡を、机の上に置きまして、これで簡易の“化粧台”の完成です。


 言われるがままに椅子に腰かけましたヴィニス様。


 肩身狭く、ちょこんと腰かけた姿は、さながら仔猫と言ったところでしょうか。


 そして、結い上げていたヴィニス様の髪を下ろし、その輝く金髪をスッと櫛で梳く。


 鏡に映るそのお顔、少し驚かれているようですわね。



(まあ、当然ですわね。世間一般的には、かなり“はしたない事”ですから)



 髪は女の命であり、それを表す“髪型”と言うものは、かなり定型があったりします。


 一番分かりやすいのは、髪を“結い上げている”のか、“下ろしている”のかですね。


 髪の手入れが面倒だからと、庶民では短めの髪の女性が見受けられますが、貴族や富豪などの上流階級の女性は基本的に長い。


 長いという事は手入れが大変で、一人では美しい髪を維持できません。


 そのため、侍女ドメスティカや専属の理容師バルビエーレを雇い入れる事が、貴族の女性の嗜みとも言えます。


 むしろ、長い髪をしていない事は、“ケチ臭い”とか、“美容に気を使っていない”などと思われ、評価を下げる要因にもなりかねません。


 こうして整った長い髪をしているという事は、ヴィニス様も日々の手入れを欠かさず行っているという事でもあります。



(手入れ自体はお付きの侍女とかがやっているでしょうが、それは同時にそうした側用人を雇い入れているという事です。つまり、夫であるグリエールモ様も若妻に対して、ちゃんと気を回しているという事でもあります)



 どうでもいい存在などには、金も時間も使わないのが人間と言う生き物です。


 まして、グリエールモ様は市長として多忙の身。


 金銭はともかく、時間がないお人でございますからね。


 それについては、夫としての最低限の義務は果たしているというわけです。


 そして、“はしたない”と先程申し上げましたが、髪が整っていない状態で人前に出るのは、かなり恥ずかしい事なのでございます。


 下着姿で出歩くのと、感覚としては変わりません。


 そのため、“髪を下した状態”の大人の女性を見るのは、髪を整える人、例えば、“同性の家族”や“侍女や理容師”くらいなものです。


 あとは、“床入り”の際に、恋人、伴侶に見られるくらいですが、こちらには裸体を晒す事になりますので、特に気にはしません。


 しかし、それ以外の方に見られるのは、基本的に恥ずかしいと感じてしまうのが、貴族や富豪の御婦人というわけです。


 なお、私は“娼婦プッターナ”という特殊な立ち位置ですので、特には気にしておりませんけどね。



(そう。人前で髪を下している女性は、未婚(若いか、もしくは行き遅れ)と娼婦だけ。まあ、私は未婚ですが、結っている場合が多いですけどね)



 娼婦ですから、人前で髪を下す事に抵抗はありませんが、“高級娼婦コルティジャーナ”と言う事で、お客様には“貴婦人を抱く”事を念頭に衣装を整えておりますので、接客の際には結っているというわけです。


 つまり、結い上げた髪と言うものは、言い換えれば“戦装束”。


 女にとっての甲冑というわけです。


 それを外し、髪を下したという事は、戦を終えた。あるいは小休止と言った感じでありましょうか。


 その姿を晒すのは、侍女か、あるいは同性の家族や恋人のみ。


 誰も見ていない個室だからこそできる芸当です。



(さあ、気持ちを落ち着け、気張った心を解きほぐして差し上げましょう)



 場を整え、後は魔女の“三枚舌”で少女の心を解放してあげましょうか。


 せめてこの場の、誰もいない部屋の中だけは。

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