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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第8章 魔女に捧げる愛の詩
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8-4 若奥様は悩みが多い

「ロッチャーダ夫人、ご気分が優れぬようでありますが、お加減は大丈夫ですかな?」



 婦人会の席で、私はたまたま市長夫人ヴィニス様と隣り合う事になりました。


 席は偶然性を出すため、毎回“くじ”にて決められます。


 “仲良しグループ”という名の派閥は存在しますが、それを超えて交流する場でもありますし、昔からそのようになっていました。


 そして今日、たまたま私の隣にヴィニス様が座っていたというわけです。


 私が声を掛けましたのは、グリエールモ=ロッチャーダ市長の夫人ヴィニス様。


 齢にしてまだ十四歳でありますが、すでに既婚の身。


 まあ、伴侶であります港湾都市ポルトヤーヌスの市長グリエールモ様ははすでに六十も手前という年齢。


 四十以上の年の差婚、もちろん政略結婚でございます。


 この年齢差は何かと大変なものでしょうね。



「ああ、イノテア様、何と言いますか、その、色々と気が滅入っていまして」



 言われずとも分かりますとも。


 まずもって、表情が暗い。


 いかにも“悩み事を抱えています”と言わんばかりに、ため息を吐いてばかり。


 折角の可愛らしい顔立ちも、何と言いましょうか、やつれた印象を受けますね。


 楽しくもないこんな婦人会の集まりなど、さっさと終わってしまえと思っている事でしょう。



(まあ、私の場合は情報収集や意見交換の場と割り切っておりますから、くだらない世間話も苦も無く流せてしまいますけどね)



 この辺りは、慣れや価値観の差でしょう。


 聞いたところ、ヴィニス様の趣味は読書や刺繍と言った内向きなもの。


 こうして大勢で歓談するなど、慣れていないのでしょうね。


 しかし、“市長夫人”という肩書を得た以上、公の場に出ない訳にはいきません。


 内気な少女がいきなり狼(?)の群れの中に放り込まれたようなものです。


 気が休まる事もないのでしょう。


 もちろん、それは表面上の情報からの推察に過ぎません。


 目の前の少女とはそれほど付き合いがあるわけでなく、顔見知りになったのも結婚前後で多少挨拶した程度。


 こうした社交の席に出ることもあまりなく、顔を合わせた記憶も片手の指で数えられる程度に少ない。


 しかし、結婚して市長夫人となった今は、その状況が一変。慣れぬ社交の場に駆り出され、それ相応の振る舞いが求められる。


 普段一人で刺繍や読書に勤しんで過ごされていたその身では、周囲の変化に戸惑うのも当然でしょうか。



「こういう席は、やはり苦手でありましょうか?」



「ええ、まあ……。そもそも、人付き合いも得意というわけでもありませんし、一人でのんびり過ごしている方が気が休まります」



「まあ、その若さで結婚されて、しかも立場上、社交の場に出なくてはならないのは億劫ではありますね。心中、お察しします」



 こういう場合はまず同調。


 親身に寄り添う姿勢を見せ、相手の求める、欲する言葉を紡ぎ出します。


 今はなけなしの義務感を前面に出し、どうにか心の均衡を保っている状態。


 しかし、それは脆い。砂上の楼閣に等しい。


 なんと言っても、経験や場数が圧倒的に足りていません。



(この場の御婦人方は、それこそ社交界を渡り歩いてきた猛者揃いですからね。富や権力を持つ夫にかしずきつつ、上手く制御してきた百戦錬磨の女戦士アマゾネス。一方のヴィニス様は人付き合いが苦手な女の子。居心地は悪いでしょうね)



 モジモジしながら気恥ずかしそうにしている姿など、とても既婚者とは思えぬ少女らしい振る舞い。


 可愛くはありますが、立場には不釣り合いも甚だしい。


 “市長夫人”ですから、女性の名士の格付けとしてはかなり上。


 しかも実家は大銀行の支配人一族。


 皆の中心にならなくていけないというのに、性格と経験がことごとく不一致。


 当人とためにも、周囲の影響にも悪い事この上なし。



(ちゃんと修正して、導いてあげないといけませんわね)



 この集まりでは、私が一番年齢が近しい。


 と言っても、十二も離れていますから、姉妹と言うには微妙で、親子と言うには近い微妙な歳の差。



(まあ、妹分ジュリエッタよりかは少し年上ですし、やってやれなくもないですか)



 そうと決まれば、場所移動です。


 そう、二人っきりになって、ゆっくりお話するのが一番です。


 引っ込み思案な性格ですし、他に聞き耳を立てられている状態では、何かとやりづらい事でしょう。



「ヴィニス様、少し席を移動いたしませんか?」



「どちらまで?」



「すぐそこの別室でございますわ」



 今日の集まりの会場は普段、社交場サロンとして用いられます喫茶店カッフェ


 私が流行の一翼を担いました豆茶カッファの広がりと共に、街には何軒もの喫茶店カッフェが営業するようになりました。


 普段は殿方が豆茶カッファ片手にあれやこれやと議論を重ねるお店。


 しかし、今日は婦人会が貸し切っておりますので、個室へと移動すれば気兼ねなく話せるというもの。


 私は言葉巧みにヴィニス様を社交場サロンの別室に招きました。


 大広間で歓談をするのが社交の場でございますが、少人数で白熱した議論を交わす際にはこうした小部屋が利用されます。まあ、聞かれて困る密談にも使われますが。


 そして、今はまさに後者の方でございます。


 さて、たっぷり聞かせていただきましょうか、若奥様のお悩みを。


 魔女が見事に晴らしてみせましょう。

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