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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第8章 魔女に捧げる愛の詩
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8-2 街の婦人会

 それは八年ほど前の事。


 アゾットやラケスが我が家に来る少し前くらいでしょうか。


 私とロッチャーダ夫人こと、ヴィニス様とご一緒しましたのは、婦人会の集まりの事でした。


 何度も申した事ではありますが、私はいくつもの顔を持ち、その日その場で最も適した仮面を被り、参上いたします。


 普段は仕事として“高級娼婦コルティジャーナ”となり、フェルディナンド陛下やアルベルト様からの裏仕事を引き受けた際は“魔女ステレーガ”として動く。


 社交界や商談に赴く際は、“男爵夫人バロネッサ”として振る舞う。


 このように都合よく顔を使い分けるのが、私という存在。


 その八年前のあの日は、“男爵夫人バロネッサ”として、街の婦人会に出席していた時の事でした。


 街の名士層の御婦人方が集まり、定期的に昼食会が催されるのが通例となっています。


 まあ、名士層と言っても、公都キャピターレゼーナと、港湾都市ポルトヤーヌスでは随分と違ってきます。


 公都キャピターレの名士層と言えば、中・上級貴族の事を指して言います。


 中心街チェントロチッタには各地の貴族の上屋敷がございまして、シーズンにはあちこちから貴族がやって来ては各々の屋敷にて交流いたします。


 社交の場にて仲を深めたり、逆に亀裂を生じさせたりと悲喜劇が繰り返されますのが、それこそ貴族の生業と言っても過言ではありません。


 一応、我が家は男爵という貴族ではありますが、下級貴族でありますので、扱いは低いものです。


 数合わせや気まぐれで招待されては、隅の方で席を温めているだけ。


 そんな木っ端な存在ではあっても、大公陛下のお気に入りと思われており、やっかみで突っ掛かって来る貴族の多い事、多い事。


 裏仕事をしっかりとこなしているからこその陛下の寵ですのに、美貌だけでたぶらかしていると思われるのは心外ですわね。


 一方、港湾都市ポルトの方は、名士層と言えば大店の支配人一家や、あるいは各ギルドの長など、“地位や富を持つ庶民”がそれに当たります。


 我が家も魚介を扱うイノテア商会に加え、高級娼館『天国の扉(フロンティエーラ)』を経営しておりますし、かなりの財産家と知られております。


 そんなわけで、港湾都市ポルトヤーヌスにおいては、下級貴族と言えども名士層に分類されるというわけです。


 そして、名士の奥様方などで集まる婦人会なるものがございます。


 名士層の女性だけで集まり、あれやこれやと談笑しながら楽しむ昼食会やお茶会が稀に開催され、交流を深めて情報を交換するのがいつもの会の流れ。


 私もそれにお招きに与り、参加しておりました。


 私は都合よく“庶民”と“貴族”の両方の身分を使い分け、双方に顔が利くのでございます。庶民の時は商家の者として、貴族の時は男爵の姉として、それぞれ名乗っております。


 何とも都合の良い女でございましょう?


 もちろん、私の本職は娼婦でありますから、そうした物を毛嫌いする方もおられますが、概ねは良好な関係をどちらにも築いております。


 その日の昼食会は“庶民”側の会食でございました。


 まあ、庶民と言いましても、大店やギルド幹部の御身内の方々ばかりでございまして、本当の意味で庶民とは言い難い集まりでございました。


 爵位がないだけで、財布の中身はたんまりある。そうした裕福な庶民というわけでございます。


 基本的に出席なさるのは御夫人方ばかりで、たまにその娘なども顔見せに出て来られます。


 上る話題は、女の話でありますから、服飾や装飾品の流行、あるいは色恋沙汰の醜聞に喜劇、そして、旦那の悪口と、内容には事欠きません。


 なんともかしましい事、この上ありませんわ。


 私は独り身でありますから伴侶の話題が出ますと居づらくはなりますが、それを狙ってわざと話を振って来る方もおられます。


 まあ、その辺りで意地悪をされてしまいますが、私は特に気にもかけずに適当に相槌を打ち、何食わぬ顔で流す。


 平然としていれば、からかうのも飽いてくるというものです。


 そもそも、そうした夫人の集まりというものを、情報収集の場と割り切っておりますので、その程度の嫌がらせでへそを曲げるのは、それこそ損失でございます。


 最初から最後まで居座って、余すことなく情報を仕入れる。嫌がらせなどは、入場料と思えば安いものです。


 ほんのささやかな噂話の中に、値千金の情報が紛れている事も多々ありますからね。


 名士の御夫人のお話ですから、意外なほどにそうした情報が飛び交うものです。


 とはいえ、私は罵詈雑言の類には慣れっこですが、そうではない繊細な心の方が混じっているのもまた事実。


 場慣れしていない者が何らかの理由で社交の場に放り出され、孤立無援になる事もあったりします。


 そこは軽快な口調と親身に寄り添う姿勢で、相手の心を掴む魔女の手管。


 これを用いて、何人もの御夫人と親密になったものです。


 それで我が商会のお得意様になれば儲けもの。


 そこは商売人としての血が騒ぎますわね。


 居心地悪そうな方に話しかけ、不安あるいは不快感を消し去り、それを縁として後々の布石とする、そういう下心を抱えています。


 そして、その日は一人の御夫人と新たな接点が生まれました。


 港湾都市ポルトヤーヌスの市長の夫人であるヴィニス=ロッチャーダ様がそれであります。


 夫人の集まりでありますから、市長の奥様がお越しになられてもおかしくはないのですが、その存在自体が完全に“浮いた存在”になっているのです。


 なにしろ、ヴィニス様は“市長夫人”という肩書はあれど、まだ十四歳の少女なのですから。

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