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7-76 お姫様の後見役

 “魔女の館カサデーラ・ステレーガ


 港湾都市ポルトヤーヌスにある私の邸宅は、人々からそのように呼ばれています。


 元々はカトリーナお婆様が、ヤーヌスにおける活動拠点として建てた屋敷であり、秘密の会合場所にもなっている塔が目立つ外観をしています。


 歓楽街からも程近い場所にあるので、娼館勤めの身としては、何かと便利な屋敷であり、基本的に寝泊まりはここで行っております。


 もっとも、娼婦稼業でございますから、店でのお泊りも多かったりしますが。


 さて、そんな何かと忙しない私の家に、新たな住人が加わりました。


 ボーリン男爵家の御令嬢リミア。改め、ジェノヴェーゼ大公家フェルディナンド様の御息女リミア殿下。


 それの世話役、指南役を任されました。



(化粧料名目で、幾ばくかの資金はいただきましたが、結局は面倒事ですわね)



 そう思わずにはいられません。


 『処女喰い』の真相を追う内に色々と巻き込んでしまって、下手に放流できない状態にまでリミア嬢を深入りさせてしまいましたからね。


 公表したくない情報を抱えている以上、手元に置いておいた方が安全。



(それは理解できるのですが、結局、厄介事は私が引き受ける事になる)



 フェルディナンド様も、アルベルト様も、どちらもそうです。


 何食わぬ顔で仕事を押し付けてくるのですから、血は争えませんね。


 報酬ももっと割り増しを請求するべきでしょうか。



「あ、おかえりなさ~い♪」



 屋敷の門をくぐり、玄関に入ると、早速リミア殿下からのお出迎えです。


 今となっては、目の前の少女が“格上”になってしまいましたが、何と申しましょうか、馴れ馴れしいと言うべきか、親愛の表現であるのか。


 とにかく、私にべったり張り付いて来ます。


 懐かれるのは構いませんが、度が過ぎるのも好ましくはありません。


 屋敷の中とは言え、人目はありますので。



「殿下、何度も申し上げますが、貴人としての立ち振る舞いを意識してください」



「分かってます。でも、屋敷の中くらいはいいじゃないですか!」



「顔見知りばかりとは言え、来客もあるのですよ?」



「その時は慎ましやかに小夜啼鳥ナハティガルに化けますから♪」



 実際、この子は演技が実に上手い。


 私の前では屈託のない少女の顔を見せますが、家中の者以外がいる時は実にしおらしく、小鳥のようにちょこんと座っているだけ。


 可愛らしくはあるのですが、本性はあくまで“魔女見習い(アペレンディスタ)”だというのは当人の弁です。


 あくまで、彼女は大公女プリンチペーサではなく、魔女ステレーガを目指したいのだそうで。



(しかし、それでは宝の持ち腐れ。どうにか軌道修正しませんとね)



 リミアの事も“お肌の触れ合い”にてしっかりと調べましたが、彼女が持っている魔術の才は、【太陽に(ソーレ)愛される(プリマ)第一の女(ドンナ)】というもの。


 発現条件は“歌劇オペラ歌手”になる事。


 さながら神話に出てくる鳥人間シレーナのごとき歌声で、人々を魅了するというものです。


 知ってしまったからに、この子を歌手にするために講師も付けました。さすがに私程度では、歌を教えても効果がありませんので。


 勤め先の娼館には歌劇オペラ歌手の方もいらしゃいますので、そこの伝手でお願いしたわけです。



大公女プリンチペーサにして主演歌手プリマドンナ、中々に見栄えのする組み合わせです。育て甲斐があるというものですわ)



 リミア嬢の後見役など、厄介事ではありますが、同時に楽しみでもあります。


 いつかこの子が私すら魅了する歌声を響かせる日が来る事を、想像するだけでゾクゾクしてきます。


 やはり、才能ある者はそれを磨いてこそですわ。



「そう言えば、リミア殿下、御実家の方には戻られなくてよいので?」



「ん~、何と言いますか、帰ったら、化けの皮が剝がされそうで」



「化けの皮ですか」



「いや~、何と言いますか。仇討ちって言う理由はありましたけど、無理やり家を飛び出して、いきなり他家に養子に出て、合わせる顔がないって感じでしょうか。家族に会ったら、おとぎ話の魔女のように、変身した姿が元に戻ってしまいそうで、なんか怖いんです」



 姿を変えたりする魔女の話もありますが、それに自分がなってしまいましたか。


 灰被り姫(シンデレラ)のごとく、時計の鐘が鳴り響き、変化の術が解けてしまうと。



「やはり大公女プリンチペーサの肩書は重いとお考えで?」



「私も今回の事件で色々と世間の事を知りましたけど、今、父や姉の顔を見ると、かけられた魔法が解けてしまう。そんな気がして」



「夢は夢のままで、ですか」



「目が覚めると、そこには何でもない自分がいる。元いた場所に戻ってしまうと、本当にそうなってしまいそうで」



 そう言って、また抱き付いて甘えてきました。


 いやはや、強がってはいても、やはりまだ十二歳の少女ですからね。


 誘拐、強姦、殺人、陰謀、そんな渦中にいたのですから、恐怖で震えていない方がおかしいくらいです。


 もちろん、私はその指南役として、お姫様を支えてはいきますが。



(ただし、出来るだけ穏便に)



 忙しない日々はいつ落ち着くのか、誰か教えて欲しいものです。

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