7-71 魔女と法王 (9)
“雲上人”は最低でも三つの魔術を行使し、しかもそれを換装する事すら可能。
まさに驚天動地の情報でした。
地上の支配者はそれに相応しい力を持っていると、まざまざと教え込まれた気分です。
「つまり、マティアス陛下を幽閉したのは、“反言霊”を奪い取るため。身籠った奥方まで幽閉したのは、目に見える形での“脅しの道具”という事でありましょうか?」
「おそらくな。拷問に耐える頑固者と言えども、家族が同じ目に会わされて耐えられるかと言うとそうでもないからな。自分の受ける苦痛には耐えれても、身内の悲鳴には抗えんて」
「情報を吐かせる上での常套手段でもありますが、察しますに“失敗”したのではありませんか?」
「そうだ。当時の法王は“継承”に失敗。“反言霊”を手にする事が出来なかった」
いささか残念そうにする私の義兄にして、地上を統べる法王シュカオ聖下。
まあ、残念がる気も分からないでもありません。
他者に命令を強制する“言霊”と、魔術的事象を否定して無力化する“反言霊”、この二つを独占できれば、強烈極まる武器と防具を手にするのと同義です。
ある意味、神に最も近付ける存在とも言えるかもしれません。
「しかし、失敗したのは解せませんね。奥方まで人質に取り、継承の合意を求めたのは分かりますが……」
「これ以上は別料金としたのだが?」
「いいえ、“規約違反”ですので、罰金代わりのそのままお話しください」
「規約違反だと!?」
「はい。私は最初の質問で『地上の人間と雲の上の方々、その違いはいかなる差異でありましょうか?』と尋ねました。しかし、聖下は魔術の“継承”について伏せておられました」
「嘘はつかないとの約束だが、情報を伏せないとは言ってないぞ」
「いいえ、『禁則事項に抵触しない範囲で話す』とも仰られています。つまり、その点では約束を違えたことになるかと……」
「む~」
なんだか納得いかない顔をしておりますね。
まあ、ここから先は真相に迫る上で特に重要ですし、簡単に渡すのも気が引けるのかもしれませんね。
だからこそ、こちらも下がるという選択肢はないのですから。
そして、私は無礼を承知で聖下の袖を掴みました。
見事な紫色の法衣であり、高位聖職者の証でもあるものですから、軽々しく触れるものではありません。
しかし、そこは度胸です。
少しびくついた雰囲気を出しつつ、上目遣いでぎこちない笑顔を作りました。
「お願いします、お・に・い・さ・ま。少しくらい心付けをいただきたいですわ」
柄にもなく“妹”を演じてしまいました。
なにしろ、付き合いの頻繁な周囲の面々は、全員年下ですからね。
フェルディナンド陛下、アルベルト様、ディカブリオ、アゾット、全員です。
心のどこかで姉貴風を吹かせ続けていたため、“妹”になるのは人生初めて。
そして、目の前の陛下もまた、初めての兄妹感覚を味わっていることでしょう。
妙に顔がニヤついています。
「クククッ……、案外悪くないものだな、妹を持つというのも」
「それはようございました」
「なにしろ、雲の上では“女”と言えば、“妻”か、“自分以外の誰かの所有物”と言う意味であるからな。“妹”というのは初めての感覚だよ」
想定以上に喜ばれたようで、豪快に笑い始めました。
なにしろ、“雲上人”は男ばかりの世界で、生まれてくる子供も例外なく男児であると聞いています。
それゆえに、血が繋がっていないとは言え、“妹”という存在は珍しい事でしょう。
だからこそ、“妹からのおねだり”は思った以上に利くというものです。
「まあ、よかろう。特別に続きをはなしてやるとしよう」
案外、ちょろいのかもしれません、この法王。
妹の擬態も、たまには悪くありませんね。
ガラではないですけど。
「“継承”の条件としては、魔術を互いに認知し合う事、互いが交換に心から合意している事が条件となる」
「つまり、意思疎通が計れる事が重要であると」
「それこそ、意思疎通さえ可能であれば、“死体”とも交換可能だ」
「……ああ、ヴェルナー司祭様がトントン拍子に出世したのも、“死者の声を聞ける”からでしょうか?」
「さすがに聡いな。実際、その通りだ。何かしらの事故で“雲上人”が亡くなり、強力な魔術が誰にも継承される事もなく失われる事もあるからな。死者の声を聴けるのであれば、死体からの魔術の回収もできるからな」
「つまり、“雲上人”にお目見えできる位置にまで、何はさておき昇進させたという事ですか。万が一の際の“通訳”として」
「“死”に関する魔術は貴重でな。欲しがる奴がかなりいる」
「有用なのは、私も認知しております。それ以上に、使い手の方も有能ですがね」
「そうだな。ヴェルナーは我も買っている。席が空いていれば、中央大聖堂に呼んでいたよ」
ヴェルナー様の出世は本当に早かったですからね。
本来ならまだヒラの神職として、教会で雑務をこなしているはず。
しかし、とんとん拍子に出世して、今では司祭の地位を得て、教会を一つ任されているほどです。
普通なら有り得ませんが、“法王からの口添え”があれば、不可能ではありません。
ヴェルナー様もまた、状況次第では“継承”を受ける候補というわけでしょうね。
実際、こうしてヴェルナー様の要請に応じて、わざわざ足を運んでみますし、私に加えて、ヴェルナー様も完全に取り込みに入っているのかもしれません。
「結局のところ、“両者の合意”という点が鍵でしょうね」
「そう、そこなのだ。そこの点で失敗、と言うか穴があったのだ」
「穴、ですか」
「あろうことかな、マティアスは“反言霊”を魔術と認識していなかった。つまり、条件付けを無意識的にやり、勝手に覚醒して、そのまま過ごした結果、魔術である事を認識せずに、無意識で使っていたのだ」
「なるほど。合意の上でこそ、魔術の交換ができるというのに、マティアス陛下はそれを魔術であると認識していなかった、と」
「当時の法王の日誌を読む限りでは、私もそう判断した。当人としては教会の改革を訴えていたら、意外なほどに指示が広まったというのだろうが……」
「無意識的に“反言霊”を使っていて、法王の発する言霊の効果を消し去っていた、というわけですか」
意識的に使っていれば、更なる効果が見込めて、あるいはその段階で宗教改革がなされていたかもしれません。
惜しい、本当に惜しい。
やはり魔術と言うものは、どれほど強力であろうとも、“使い手次第”なのかもしれませんね。