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7-69 魔女と法王 (7)

 他人に強制力を発揮する力ある言葉、すなわち“言霊プネウマ


 法王はそれを使える。


 そして、百年前の“ラキアートの動乱”、その首謀者であるラキアート大公マティアス陛下も使える。


 言葉と言葉がぶつかり合い、互いに周囲に強制的な力を発揮する。


 なんとも恐ろしい状況ですわね。



「と言う具合に考えているだろうが、実際は違う」



「と言いますと?」



「確かに力ある言葉によって、相手を縛るのが“言霊プネウマ”だ。歴代法王はそれを用いる。しかし、マティアスの使う“言霊プネウマ”は、言ってしまえば、言霊の効力を消し去る言霊、“反言霊(アンティ・プネウマ)”と呼ぶべき代物だ」



 渋い顔でそう答えられたシュカオ聖下。


 なるほど、支配者が下した命令を取り消す、これは厄介極まりないですね。


 支配者である“雲上人セレスティアーレ”が慌てるのも納得の魔術です。



「歴代法王の使う魔術、【後悔先に立たず(リンピアント)】と呼んでいるが、それは口から発せられた言葉を相手の頭に刻み付け、“後悔の念”や“畏怖”を増幅させ、命令を強制するというものだ」



「そういう効力ですか。そうなると、私やレオーネに“言霊プネウマ”の効力が薄かった理由にもなりますわね」



「そうだ。“魔女ステレーガ”とは、即ち“探求者リチェーリカ”とも言い換えることができる。目の前の事象に“疑問”を抱き、それは本当に正しいのか? どうやってそれがそうなっているのか? 常に世界に向けて疑問を呈する存在だ」



「絶対的権力を持つ者に、疑問を投げかける。普通は有り得ませんが、“魔女”だけは別。知識の信奉者にして、常識を覆す存在であるから」



「そうだ。魔女狩りに狂奔した理由がわかるであろう?」



 確かに、言われてみればその通り。


 私自身、自分の事を知識欲の塊であると思う事もあります。


 後から冷静になって考えて、“知識欲”や“好奇心”を満たすためにそこで突っ走っていくのか、と思う事も多々あります。



「そうなると、“教会”と言う存在は、やはり“雲上人セレスティアーレ”の出先機関。支配のための装置そのものですわね」



「そうだ。洗礼は教会へ足を運ぶきっかけであり、定期的な儀典ミサは神への畏怖を植え付けるため。おとぎ話のごとき神話をずっと耳元にて囁き、神とその忠実なる第一のしもべである“雲上人セレスティアーレ”に対しての“畏れ”を与える」



「深層心理に植え付けられたそうした畏怖が、いざと言う時の“言霊プネウマ”が効力を発揮する土台と言うわけですか」



「畏れを抱く者には逆らわない。いつしか“デウス”と“雲上人セレスティアーレ”を混同し、逆らう事さえできなくなる」



「“言霊プネウマ”という、実際に効力を発揮する強制力がありますものね」



 徐々にではありますが、全体像が掴めてきました。


 神の教えなどと言う御大層な大義名分を金看板にしながら、実際は神の威光を笠に来た支配体制の確立。


 虎の威を借る狐、というわけですか。


 そして、マティアス陛下こそ、「狐は狐である」と皆に教えてしまった罰当たりな存在として、支配者側から断罪されてしまった。


 百年前の動乱は、やはり私の思った通り、単純な内紛と言うわけではなっかたようですわね。



「……しかし、疑問が残りますわね」



「ん~、ここから先は“別料金”だぞ」



「あら。さすがにこれ以上聞くのは、虫が良すぎましたか」



「君の“知識欲”を満たすのには不十分だったかな?」



「一つ疑問が解ければ、また別の疑問が浮かんできますので」



「それでこそ、魔女だな。娼婦としての色欲ルクスーリアよりも、魔女としての強欲アバリツィアの方が勝っているのかもしれん」



 おやまあ、あえて“七つの大罪”を持ち出して、こちらをたしなめてきますか。


 なるほど。言われてみれば、“七つの大罪”の内、私が持つ性質で最も強いのは、色欲ルクスーリアではなく、強欲アバリツィアなのかもしれませんね。


 娼婦、魔女、男爵夫人、私が持つ三つの顔を分類しますれば、色欲ルクスーリア強欲アバリツィア傲慢スパービアになりますでしょうか。


 その内、魔女の性質が一番強い。


 それが法王聖下の目利きと言うわけですか。


 なんとなしに納得してしまいますわ。



「では、聖下、追加で私に質問はございますか?」



「ん~、そうだな。君の事ではないのだが、よいかな?」



「私に応えられる事でありましたらば」



「では、尋ねよう。プーセ子爵アルベルト、あやつの持つ“黒い手”の事だが、あれを用いて幽世かくりよに属する存在と戦った事があるのか?」



 意外な質問に、私は大きく目を見開いてしまいました。


 アルベルト様の事、しかも例の“黒い手”についての問いかけですか。


 おまけに幽世の存在との接触云々についての。


 質問の意図は分かりかねますが、私も聖下に尋ねたい点がまだまだありますので、ここは正直に回答せねばなりませんか。

 


「ございます。先程述べました首無騎士デュラハンガンケンに使ったと伺っています。結果は“掴みはしたが通用しなかった”そうですが」



「そうか。むしろ望ましい結果だな」



 なにやらこれにも納得されたようで、またまた満足そうに頷かれます。


 質問の意味も、回答の満足度も、私の理解の範疇を超えています。


 やはり、情報の精度と量こそ、世界を統べる者としての力量なのでございますね。



「それで、質問する権利を一つ得たわけだが、何を尋ねるかね?」



「では、“ラキアートの動乱”に関する続きをお聞かせください」



「自分の事を後回しにしても、なおあの事件の真相に迫るか」



「どうしても聞かねばならない点がありますので」



「それは?」



「なぜ、ラキアート大公マティアス陛下を、処刑や謀殺などではなく、身柄を幽閉したのか、です」



 これがどうにも腑に落ちない点です。


 “反言霊(アンティ・プネウマ)”などという、支配体制を揺るがしかねない程の強烈な魔術の持ち主なのですから、さっさと処分するのが当たり前のはず。


 にも拘らず、幽閉して生き永らえさせています。


 この行動があまりにもおかしい。


 ここにもまた、重要な秘密が、“裏”があるような気がしてなりません。


 さて、聖下はこの疑問に、お答えいただけるでしょうか?

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