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7-68 魔女と法王 (6)

 “ラキアートの動乱”



 百年ほど前に発生した五大公の一人、ラキアート大公マティアス陛下の起こした事件とされています。


 世間一般ではラキアート大公家の内部抗争で、“暴君”マティアスの愚行を止めるため、その弟であるコルヴィッツが動き、五大公の一角ガドゥコラ大公ヤノーシュが暴君を捕らえて幽閉したという事になっています。


 そのゴタゴタで、マティアス陛下と懇意にしていた他の貴族も巻き込まれ、地上世界は一時騒然となりました。


 その後も“残党狩り”を称した“魔女狩り(カッチアーレ)”が横行し、あちこちで魔女裁判が実施され、中には無実の者まで処刑されたとも言われる痛ましい事件。


 しかし、それは表向きの話。


 本当は横暴極まる教会の姿勢に対してマティアス陛下が疑義を呈し、数々の改革を成そうとして、教会の裏にいる“雲上人セレスティアーレ”に粛清されたというのが、動乱の本当の姿。



(その真相を知る事が出来れば、その後の歴史、それこそカトリーナお婆様の“思考”が見えてくるかもしれません)



 カトリーナお婆様の事を直接聞く方がよいかもしれませんが、それでもあの動乱の真相を知らねば、“雲上人セレスティアーレ”の本当の行動原理が見えてこないのでは、というのが私の考え。


 そして、目の前には“法王”という、教会の最高責任者がいます。


 聞けるのであれば聞いておきたい。その口から直接に。


 さて、どう返して来るのかと身構えていますと、シュカオ法王聖下は少し驚いた後、また不敵な笑みを浮かべてきました。



「魔女ヌイヴェル、君は面白いなぁ~。自分の事を聞きたいであろうに、あえて法王直々の歴史の講釈を優先するか」



「もちろん、自分の事、カトリーナお婆様の事、色々と聞きたい事はあります。しかし、過去の流れを掴んでこそ、現在の状況を認識できるとも考えています」



「それもまた、道理だな。過程をすっ飛ばして、いきなり答えを得ても、納得しかねる部分も出てこよう」



「はい。ですので、私の考える出発点、すなわち“ラキアートの動乱”について、“雲上人セレスティアーレ”である法王聖下の解釈、認識をお聞きしたいのです」



 あるいはここで、法王聖下の“本気度”を見極めれるかもしれません。


 なにしろ、色々な事象の核心部でもありますからね。


 嘘はつかない、という約定を本当に果たすのかどうか、という点も気になります。


 もちろん、回答を拒否するかもしれませんが、あるいはここでその為人ひととなりを見れるという期待もあります。


 目も、耳も、感覚が研ぎ澄まされていくのを、私自身感じる。


 相手がどう出るのか、さあ、答えやいかに!?



「……他言無用。君の心の内にしまい込む、という条件を飲むのであれば、我の知る限りの事を話しても良い」



 若干の沈黙の後、シュカオ聖下はこう述べてきました。


 余程、知られたくない内容のようですし、事前に人払いをしていたのも、あるいはこれを予想しての事かもしれません。


 情報が少なすぎて、穴だらけの推論に頼る事しかできなかった大事件の真相に迫るのですから、私も興奮してまいりました。


 そして、それは“雲上人セレスティアーレ”の支配体制を揺るがすほどの出来事でもありますし、知られたくないのも態度から伺えます。


 それでもなお話そうと述べたのですから、法王もまた色々と思うところがあるのでしょうね。



「もちろんです。他の誰にも話すつもりはございません。私は世界の“真理”に到達する事を目論む不埒な魔女ではありますが、自分の身はともかく、家族に類が及ぶようなバカな真似はいたしません」



「嘘はなしとの取り決めであるし、その言葉を信じよう」



「ありがとうございます」



「では早速だが、話す前に確認を取っておかねばならんことがある。魔女ヌイヴェルよ、君が現在考えているあの事件の真相、それの推論を述べてみせよ」



 まずは正答の前に、こちらの答案を求めてきましたか。


 こちらの知性と情報の精度を測ろうというわけですか。


 さすがに目聡いですわね、法王聖下は。



「世間一般では、ラキアート大公家の内紛となっていますが、それでは説明のつかない点があります」



「例えば?」



「あの事件以降、“魔女狩り(カッチアーレ)”が激増した事です」



「マティアスの率いた改革派の残党狩り、と考えれば不自然な点はないが?」



「いいえ、不自然極まる点があります。残党狩り、であれば残党狩りと称すればよいだけの話。なぜ“魔女狩り”なのか? 実際、当時の裁判記録や投獄の履歴を見てみますと、被疑者が“女性”に偏っています。残党狩りであるならば、むしろ政治に関わる男性の方にこそ偏るべきであるのに、です」



 そう、“魔女”を狩り立てる行為こそ、“魔女狩り”なのです。


 政治的な話であれば、粛正の対象になるのは男性が多いはず。


 基本的に女性が政治に関わるなど稀ですから、残党狩りであるならば貴族の男性が粛清の対象になるはずです。


 ところが、実際に起こったのは“魔女狩り”。貴賤関係なく、魔女と目される女性が目の敵にされたのが、ラキアートの動乱以降の情勢です。


 カトリーナお婆様が止めるまで、その流れは続いたのですから、実に半世紀近くにわたり、大量虐殺が行われた事になります。



「なるほど。記録の多くは“教会”が消したというのに、良く調べ上げたものだな」



「…………! やはり、教会が記録の抹消や改竄をしていましたか!」



「不都合な真実は闇に葬るのが基本であろう? 当時の“雲上人われわれ”にとっては、それが最良だと信じればこそだ」



「情報操作は体制維持の基本とは言え、いささか露骨すぎはしませんか!?」



「当時はそれほど余裕のある情勢ではなかったのだよ。理由は“言霊プネウマ”だ」



「“言霊プネウマ”……、ですか!?」



「ああ。なにしろ、マティアスの持っていた魔術こそ“言霊プネウマ”なのだからな」



 法王聖下の言葉を聞き、すぐに理解しました。


 他人を支配する“言霊プネウマ”が使えるのであれば、“雲上人セレスティアーレ”を支配下に置く事が出来ます。


 支配する側が支配される側に取って代わられる、そんな魔術を改革派の頭目が持っていたのです。


 それは焦るのも無理はありませんね。


 先程の法王聖下が使っていた“言霊プネウマ”は強力です。


 なにしろ、“死”すら強要させるほどの威力があったのですから。


 はじめに言葉あり。“言葉”こそ世界の根幹。


 神の発した福音を、人の口で偽装する。


 世界が変わるのも当然でしょう。恐ろしい事です。


 覚悟はしていましたが、やはり裏の事情は暗くて重い。

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