7-66 魔女と法王 (4)
「その指輪はどこの誰から貰った?」
シュカオ法王聖下の口から飛び出しましたこの質問、もっとも聞かれたくない内容のものでした。
“雲上人”にとって宿敵とも言うべき“集呪”。
それから貰ったなどとは、迂闊には話せません。
「どうした? 魔女よ、答えるが良い。答えないのであれば、こちらに質問を投げかける権利を損なう事になるぞ?」
何とも嫌らしい追撃です。
恐らくは、ある程度の推察が立っているからこその質問。
私の目には映らない何かを、捉えているのかもしれません。
それほどまでに、地上の支配者は底が知れません。
(嘘をつく事も出来ないし、かと言って、隠匿も無理。第一撃は私の負けですわね)
最悪、このまま処分される事もありますが、私を“花嫁”呼ばわりするほどに気にかけている事にかけて見る事にしました。
「ガンケンと名乗る首無騎士からいただきました」
「ほ~う。ガンケンか。あやつめ、まだこの世にいたか。余程、未練があると見える。しかも、首無騎士になっているとは、“顔向けできない”のだろうな」
聖下は急にニヤニヤ笑って、納得しながら頷き始めました。
どうやら、ガンケンとは面識がありそうな素振りですが、貴重な質問の権利をこれで消費するのは躊躇われますね。
「魔女ヌイヴェルよ、ガンケンの側に“ユラハ”とか言う女もいなかったか?」
「……聖下、質問が二つになっていますよ?」
「おっと。ならば、質問の権利を二つに増やしても構わんが?」
「……いました。ユラハと名乗る“魔女”が」
「フフフッ……、なるほど、そちらは本物の魔女になっていたか」
またしても納得されたのか、不気味な笑みを浮かべながら頷く聖下。
やはり“雲上人”であるならば、“集呪”と浅からぬ因縁があるのでしょうね。
しかも、その最前線の責任者、管理者である法王なのでありますし、気になるところではありますが、質問の無駄撃ちは避けなくてはなりません。
もっと革新的な質問、根源的な疑問を解かねばなりません。
「では、聖下、質問を二つ、よろしいですね?」
「うむ。禁則事項に抵触しない話に限り、どんなことでも答えよう」
「ならばお尋ねします。我々、地上の人間と雲の上の方々、その違いはいかなる差異でありましょうか?」
まず知っておきたいのは、“雲上人”の性質や立ち位置です。
そもそも“雲上人”は謎が多い。
多少関わり合いのある貴族ならばいざ知らず、市井の間ではおとぎ話の住人とさえ考えているほどに出回っている情報が少なくて、あやふやな物ばかり。
(と言っても、私が知ってる事も高が知れている。地上の支配者としての権威権力を有し、教会を出先機関として各地の貴族を介して、『ロムルス天王国』という緩やかな連携の下、間接統治を行っている事くらい。普段はその住処であるアラアラート山に身を置き、たまに何かしらの用件で地上に降りてくる程度)
姿が見えないからこそ、実態把握が難しい。
貴族とは言え、末端の男爵に過ぎない我が家では、軽々に近付く事さえできません。
できるとすれば、それこそ大魔女であるカトリーナお婆様くらいの実力がなければ話になりません。
(後は、全員が“男”であり、そのため次の世代を作り出すために、“天の嫁取り”と呼ばれる嫁選びをやっている事。気に入った女性をかなり強引に連れて行ったという話もありますし、連れて行かれた女性のその後も不明。そう、私の母のようにね)
今まで仕入れた情報から、“雲上人”の謎を解く鍵は私のお婆様と名前も知らぬ母親にある事が推察されます。
しかし、“母”に関する事が、ことごとく抜け落ちていて、これについてはカトリーナお婆様は元より、母の妹、つまり叔母のオクタヴィア様からの情報もなし。
“名前”すら娘の私が知らないというのが実状。
そして、事情を知っているであろう目の前のシュカオ聖下さえ、“禁則事項”を盾に回答を拒否している有様。
謎が謎を呼んで、考えをまとめる事が出来ず、一向に真実が見えてきません。
(ならば、基本中の基本を知る事が肝要。“雲上人”とはそもそも何者なのか、と)
これが質問の理由です。
地上の人間とは明らかに異質な存在、それが“雲上人”。
まずは、それを暴いていかねばなりません。
「なるほど。そういう尋ね方をしてくるか」
「これも“禁則事項”でしょうか?」
「いいや、それは含まれてはおらん。ただ、あまり口外したくはない内容ではある。特に“魔女”相手だとな」
「ならば、回答を拒否なさいますか?」
「それでは約を違える事になる。約束は“絶対”であろう?」
ニヤリと笑うその表情、ますます底が知れませんね。
なお、“絶対”の約束事はカトリーナお婆様の魔術のことでしょうし、それを意識しての言葉でしょうね。
なにしろ、お婆様の魔術【絶対遵守】は、魔女の血を含んだインクで書いた契約書をしたためますと、それに反する行動が一切できなくなりますからね。
“絶対”と言う“カミ”さえ破れぬ契約を交わす、そういう秘術なのです。
「では、答えてやろう。まず、すでに知っているとは思うが、我ら“雲上人”は世界の穢れである“呪”を清める事を使命としている。その集合体である“集呪”も含めてな」
「はい、それは聞き及んでおります。かつて大いなる災厄をもたらした“集呪”を退治し、世界の秩序を保っていると」
「そのために我々は、世界で最も高い山であるアラアラート山に住んでいるのだ。特別に教えておくが、天宮の主人、すなわち“天王”は代々“千里眼”の持ち主が就く事になっていてな。その力を以って地上を見張り、“集呪”を常に探しているのだ」
「なるほど。高所から遠目で見張る。それは道理ですわね」
戦において、高所に陣取るのは当然の事。
索敵が目的であるならば、遠くまで見渡せる高所が有利ですからね。
まして、“千里眼”ときましたか。
法王の持つ“言霊”と同様、やはり強烈な秘術をお持ちのようですわね。
ますます興味深く、不気味な存在に感じますわ、“雲上人”は。