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7-64 魔女と法王 (2)

 人払いがなされた途端、私は背中から抱き疲れました。


 しかも、その抱いてきた御方と言うのが、教会の最高責任者である法王シュカオ聖下ですから驚きも一入ひとしおです。


 幾度となく殿方にその肌を許した娼婦とはいえ、地上の支配者に抱き締められたのは、ただただ驚嘆の一言。



(しかし、情報源としてこれ以上にない逸材! 色々と聞き出したい事もありますし、なんとしてでも親密な“ふり”をしなくては)



 先程までの会話から、カトリーナお婆様の知己だとは推察できますが、だからと言っていきなり私を“花嫁”呼ばわりはぶっ飛ばし過ぎです。


 そもそも、面識がないですからね。



(いや、待てよ。そもそも、貴族の婚姻は親や家長が勝手に決めるもの。家同士の結び付きこそ重要ですから、結婚する当人の意思よりも、そちらが優先されます。そうなると、私は既に“予約”されていた!?)



 そう考えると、花嫁云々の説明にはなります。


 あるいはカトリーナお婆様の知己ということですし、お婆様がすでに何かしらの“契約”を交わしている可能性もあります。


 そうなると、気になる事はただ一つ!



「聖下、ぶしつけながら、質問よろしいでしょうか?」



「許す。なんなりと聞くがよい」



 まだ抱き付かれたままなので、あちらが喋る度に吐息が肌をくすぐってきます。


 娼婦の身としては、息がかかるほどに密着して男に抱かれるなど手慣れたものですが、それでも緊張のしっ放しです。


 下級貴族と地上の支配者なのですから、格が違い過ぎますしね。



「……御歳はいくつなのでございましょうか?」



「今年で四十九歳になるが、それが何か?」



 思わず吹き出しそうになった解答。


 見た目が若く、随分と若者な法王かと思いましたが、まさかの四十九歳!


 三十四歳の私よりも一回り年上でございました。



(まあ、カトリーナお婆様との繋がりをほのめかしていますし、年上なのはむしろ当然でしょうか)



 ほんと“雲上人セレスティアーレ”は謎が多い。


 市井ではおとぎ話の住人だと思っていますし、貴族も上級貴族でもなければ、会う事すら稀でしょうからね。


 かく言う私もその一人。


 貴族と言えども、ピンキリでございますよ。



「ああ、そうか。地上の人間とは、少し歳の取り方が違うのでな」



「そうなのでございますか?」



「うむ。地上の人間と違って、“若者の期間”が長いのだ。だいたい二十歳くらいまではほぼ変わらぬが、それ以降の年の取り方が緩やかになってな。六十を過ぎる辺りまでは、二十歳の肉体を維持する。老化が始まった途端、一気に老け込むがな」



「なるほど。それで聖下はお若く見えたのですか」



「君も歳の割には、随分と若く見えるぞ」



「お褒めいただき、恐縮でございます」



 かかる吐息がくすぐったいですが、それ以上に未知への知識欲が勝り、全力稼働する頭がそうした邪な感情を隅の方へと追いやります。



(実年齢に比して若く見えるのは、年を取るのが緩やかだということですか。そう考えますと、今までお会いした“雲上人セレスティアーレ”が若かったのも頷けますか)



 実際、何人かお会いしたことがありますが、皆若かったですからね。


 “天の嫁取り(セリ・フィティーナ)”のために地上に降りてくる事は知っておりましたので、結婚適齢期の方ばかりかと思っていましたが、それはあくまで“普通の人間”としての感覚。


 全員が例外なく若作りをしている以上、想定よりも年配の方も混じっていたかもしれませんね。



「……聖下、重ねての質問、よろしいのでしょうか?」



「許す。我と君の仲だ」



「それなのでございますよ。私の記憶の中において、聖下にお会いした記憶がございません。久しぶり、と言う事は以前に面識があると?」



「ん~。……ああ、そうか、そうだったな。以前会った時、君はまだ赤子であったからな。記憶にないのも無理はない。あの時は泣いている君をあやすのに、慣れぬ子守をしたものだぞ」



「赤子の頃の私……」



 これまた意外な回答が飛び出しました。


 あろうことか、赤子の頃の私を知っていて、しかも“あやしていた”との事。


 つまりは、三十数年ぶりの再会と言うわけですか。


 私に記憶がないのも無理からぬ事ですわね。



「……でしたらば、私の母にも面識が?」



「それは言えんな」



 そう答えるなり、シュカオ聖下は抱き付いていた腕を離し、サッと距離を空けてしまわれました。



「君の母について述べることは、禁忌タブーに属するものでな。法王と言えども、迂闊に話す事ができんのだよ」



禁忌タブー……、ですか」



「そうだ。大魔女カテリーナが仕掛けた悪戯が思わぬ副作用をもたらし、結果として“魔女狩り(カッチアーレ)”と“天の嫁取り(セリ・フィティーナ)”の性質が、変わってしまったのだ。それこそ、教会の有様を変えてしまうほどの、な」



「それは一体……?」



「それ以上は言えんよ。無料進呈できる情報はここまでだ。これ以上を望むのであれば、それ相応の対価を差し出すのだな。それこそ、“体”や“魂”を、な」



 知りたい事を知りたいのであれば、代金を払え。


 これむしろ当然の話です。


 重要な情報を聞き出すのに、対価もなしに聞いては却って信用を無くします。


 互いに払ってこその契約であり、商売なのです。


 そして、目の前にいるのは地上の支配者であり、最高の情報提供者。


 いかなる対価でも、あるいは安いと思えるかもしれません。



(世界の深淵を覗くまたとない機会! どうにかして取引を成立させ、情報を引き出さなくては!)



 と言っても、こちらが差し出せる物など、先方はお持ちでしょう。


 金品は言うに及ばず、権力、名声も全てを持っております。


 しかも、“花嫁”呼ばわりするほどに私を狙っているのだとすれば、下手に体を差し出せば、そのまま“雲の上”へと連れて行かれるかもしれません。


 “娼婦プッターナ”が体を武器にできないなど、不利もいいところですね。


 おまけに、“男爵夫人バロネッサ”として、富を提供する事も無意味。


 相手は法王聖下ですから、こちらの提供できる金銭では鼻で笑われるでしょう。



(そうなると、残るのは“魔女ステレーガ”としての私。知識と口八丁いいくるめでどうにかしないといけませんか……!)



 聖下の求めるの対価を用意しなくては、聞き出す会話すら成立しませんか。


 厄介な相手ですわね、法王聖下は。


 格上、それも“桁違い”の格上相手は、本当に悩ましい上に胃が痛いですわね。

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