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7-63 魔女と法王 (1)

 圧倒的。そう、圧倒的な力を見せ付けられました。


 法王が使う“言霊プネウマ”は桁外れの威力でございました。


 私達を取り囲んでいましたヴォイヤー公爵家の兵士ら数百名を、一喝して退けてしまわれました。


 今頃、当主共々、屋敷の側にある湖にて、穢れを落とす“みそぎ”でもやっている事でしょう。


 もっとも、穢れを落とし過ぎて、身体が亡くなっているかもしれませんが。



「皆、面白い余興であったぞ。まあ、本当は穏便に済ませれればよかったのだが、今更言っても詮無き事か」



 全てが片付き、静寂が広がる中、軽やかに馬から下りるシュカオ法王聖下。


 お会いしたのは今日が初めてですが、なんともお若い方です。



(教会の法王は代々“雲上人セレスティアーレ”が就任する事になっていますが、それにしても本当に若い。まだ二十歳くらいでしょうか?)



 名前くらいは存じ上げていましたが、貴族とは言え男爵という下級貴族でありますし、お会いする機会もありませんでしたしね。


 “本物”である事は、フェルディナンド陛下の態度からも分かります。


 陛下がへりくだる相手など、この地上には法王ただ御一人ですからね。



「皆もご苦労であった。特に、身を呈して我が身を守ったファルス男爵ディカブリオよ、その功績を認め、褒美を取らせよう。何なりと申せ」



 “言霊”でほぼ強制的に護衛に就かせたのですが、労をねぎらうという心はお持ちのようです。


 大貴族になりますと、立場をかさに着て高圧的になり、褒美を出し渋る事もありますからね。


 目上への奉仕や献身を当然のものとして。


 しかし、聖下はそうではないご様子。


 とはいえ、ディカブリオは雲の上の存在に対して、恐縮するだけですね。


 巨体を揺らして、ペコペコ頭を下げるのはいけません。


 もっとビシッとしてもらはなくては、家門の威厳に関わりますわ。


 助け舟を出してやりましょうか。



「聖下、差し出がましく思いますが、そのお気持ちだけ頂戴いたします」



「なんだ。褒美の一つもいらんのか?」



「いえいえ。ご尊顔を拝する栄に浴しましたるのに、更なる褒美は身に余るどころではございません。拙き家門には、過ぎたる事にございますれば」



「ふむ……。あの大魔女カトリーナの孫にしては、二人とも欲がないのう。まあ、折角だ、貸し借り一つとしておこう。もし困った事が起こったら何なりと申し述べよ」



 余計に重たい物を差し出して参りましたわね。


 仮にも地上の支配者たる御方が、“貸し借り一つ”など宝石よりも価値のある文言。


 もちろん、先方にそれを守る意志があればの話ではありますが。



(それよりも、問題なのはカトリーナお婆様の名を口にした事。やはりお婆様の関係者でしたか。それ以外、考えられませんものね)



 亡きカトリーナお婆様は、世界を改変させた“大魔女グランデ・ステレーガ”。


 迫害の対象、魔女狩りの標的であった“魔女ステレーガ”の存在を認めさせ、教会を翻意させた偉大なる祖母。


 教会の有様を変えたという事は、その裏にいる“雲上人セレスティアーレ”を動かしたのと同義です。


 そのため、本来は接点のない文字通りの雲の上の方々とも交流があり、その葬儀には天宮サントアリオから勅使が弔問に来られたほどですからね。



(いや、でも、これは好機かしら。お婆様と“雲上人セレスティアーレ”の関係、あるいは雲の上にいるかもしれない“母”についての事、聞き出せるかもしれない)



 そう考えると、俄然頭が動き出し始めました。


 法王と言う最上位の方と面識を得て、言葉を交わす機会にまで恵まれたのです。


 この機会を逃せば、次の好機はいつ巡って来るのか分かりません。


 さあ、どうにかして話題作りをと考え始めました。



「……ジェノヴェーゼ大公フェルディナンドよ、汝に頼み事がある」



「いかなる事でございましょうか?」



「そろそろ“みそぎ”に行った連中が、湖に到着している頃だ。あるいは罪をあがなって対岸に辿り着くやもしれん。その者達を“保護”せよ」



「……“保護”、でよろしいのですね?」



「そうだ。償いを終えた者は助けてやるのが道理だ。そうでなければ、我が虚言を吐いた事になってしまうのでな。よいな、対岸に辿り着いた者は決して損なうなよ」



「仰せのままに」



「うむ。皆もしっかり励んでくれたまえ」



 なるほど。ヴォイヤー公爵家一党の処理を任せながらも、実質的には“人払い”。


 “言霊プネウマ”に耐性のある私だけは、その指示を無視する事が出来ます。


 陛下やアルベルト様は強靭な精神と肉体をお持ちなので、この程度の圧であれば堪える事が出来たかもしれませんが、そこは政治の世界の生きる術“忖度”というものです。


 目上の意を汲み、それを実行に移す。


 このくらいの機微が無くては、社交界では生きていけませんわね。


 そして、フェルディナンド陛下とアルベルト様が湖に向かって歩き始めますと、それに釣られて他の面々も一人残らず追随していきました。



(まあ、実際は“保護”と言うより、“回収”になるでしょうけどね。鎧を身に付けたまま、対岸まで辿り着けるとは思いません。水面の底に鎮座するのがオチでしょう)



 そうなると、沈んだ遺体を回収しなくてはなりませんから、かなりの大仕事になりますわね。


 なにしろ、五百名近い水死体を、湖から回収しなくてはならないのですから。


 まあ、死者の声を聴けるヴェルナー司祭様がいますから、沈んだ場所もすぐに分かるでしょうし、後は人手でしょうか。


 湖畔の村に動員をかけたとしても、何日かかるやら。


 そんな事を思いながら、法王聖下と何を話そうかと考えていますと、完全な不意討ちを食らいました。


 いきなり背中から抱きつかれたのでございます。



(え、ちょ、え!? どういう事!?)



 完全に頭の中が真っ白です。


 殿方に抱き付かれるなど、“娼婦”の身の上では特に珍しい事ではありませんし、“対価”さえいただければいくらでもどうぞとしか思っていません。


 しかし、相手が“法王”となると話は別。


 人払いが済んだ途端、内に潜めた情欲をさらけ出して来るとは思いませんでした。



「久しぶりだね、ヌイヴェル。我が愛しき花嫁スポーサよ」



 すみません。情報の更新が追い付きません。


 法王に抱き付かれるだけでも大事だというのに、今度は“久しぶり”に、あげく“花嫁スポーサ”ですと?


 まったく状況が把握できません。


 しかも、肌に触れあった状態でありながら、“心を読み解くことができない”。


 今回の『処女喰い』事件、数々の難事がありましたが、それすら吹き飛びかねないほどの出来事です。


 この法王、一体何者なのですか!? 

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