7-62 支配者の宣告
一触即発な状態が続きます。
やはりと言いましょうか、“銃”は連射が利かないようで、レオーネは打ち終わった物を捨て、別の兵士が持っていた物を拾い、再び狙いを法王聖下に向けました。
しかし、そこは王を守る城兵がおります。
ディカブリオは“銃”によって砕かれた大金槌を捨て、足下に転がっておりました斧槍を構える。
そして、再び両者の間に割って入って、レオーネからの一撃に備える。
「なかなかに面白い余興ではあるが、そう何度も同じではいささか胃にもたれるな」
死の漂う戦場において、こうも優雅に、そして、大胆なる振る舞いは、まさに地上の支配者と呼ぶに相応しい。
その冷ややかな瞳は、自分を狙うレオーネを向いておらず、その側で震えながら跪いているロレンツォ様に向けられました。
「さて……、ヴォイヤー公爵ロレンツォ、並びにそれに仕える者共よ、何か申し開きする事はあるか?」
「ままままま、待っていただきたい、聖下!」
「待つ? 何を? 今こうして、汝が雇っていた魔女が、法王を付け狙い、必殺の一撃を放ってきた。熊男爵が防いでいなければ、あやうく主神の御許へ送り出されておったのだぞ?」
「罪はこの魔女めのもの! 粗暴な態度、勝手な振る舞いにて、私のあずかり知らぬことでございます!」
「大口の太客に迷惑をかけたのだ。そこは雇用主もまた、責任を取らねばなるまい? それが世間の道理と言うものだ」
「それでしたらば、こやつめを派遣してきたネーレロッソ大公に!」
「それはおいおい調べておこう。しかし、今目の前の現実は、汝を裁けと神が囁いているのだが?」
「そ、そんな……!」
愕然として狼狽するロレンツォ様ですが、まあ当然でありましょうね。
雇った従業員の接客がなっていないのは、雇い主の教育不足ですからね。
派遣されてきた人員をどこまで手解きするべきかは、人それぞれの判断に因るところでしょうが、粗相を成した相手が悪かったとしか言いようがありませんね。
「しかしまあ、我も慈悲深いと自負しているからな。罪を贖えば、犯した罪過を“水に流して”やろうではないか」
「おおお……、寛大なるお言葉、感謝いたします!」
「では……」
そう言うと、法王聖下は大きく息を吸い込みました。
「聞けぇぇぇい! ヴォイヤー公爵ロレンツォと、その郎党達よ! そして、ネーレロッソの魔女よ!」
再び発せられました“言霊”。
先程の比ではないくらいの圧が、全身に襲い掛かってきました。
しかし、命令の対象から外れていたせいでしょうか、一瞬だけ感じた暴風が横を突き抜けていった感覚です。
(今のは危うかったですわ! あれが直撃していたら、“言霊”の影響下に入っていたかもしれません!)
冷や汗ものですが、どうにかやり過ごせたのは僥倖。
やはり支配者に抗うのは、並ならぬ事だと思い知らされました。
「汝らは罪を犯した! 地上にあまねく光差し込める、神の使徒たる法王に武器を向け、殺意を以ってこれを廃しようとしたのだ! その罪、万死に値する」
言葉が紡ぎ出される度に、さらに空気が重くなっていきます。
心臓を鷲掴みにされ、脳髄を直接かき回されるほどの衝撃です。
命令の対象外である私でさえこれほどの衝撃を受けているのですから、ロレンツォ様やその一党の受ける威力たるや、想像する事もできません。
「しかし、私は慈悲を以ってこれを許そうと思う。無論、神の御意志が働けばの話ではあるが」
そう言って聖下は、スッと腕を上げ、屋敷の近くにある湖を指さしました。
「罪を犯せし者共よ、このまま真っ直ぐ湖に向かって歩め! その犯した罪の重さを感じながら、一歩一歩進んでいくが良い! そして、あの湖にて罪を洗い流せ! もし罪を洗い流すことができたらば、“対岸”まで辿り着けるであろう!」
おやおや、聖下もお人が悪い。
要はかつて行われた“魔女裁判”の再現ではありませんか。
水に沈めて、死ねば人間、死なねば魔女というやり口。
(これは慈悲を示すというよりかは、もう茶番の領域ですわね。兵士達は鎧に身を包んでいますから、そのまま湖に入れば確実に沈みます。鎧を着ていないのも、ロレンツォ様、コジモ様、そして、レオーネの三人ですが、服が豪奢、もしくはブカブカの魔女の装いですので、これもまた泳ぎを阻害する)
つまり、どんな水練達者であろうとも、対岸まで泳ぎ切るなど不可能。
慈悲の皮を被った、実質的な死刑宣告というわけですか。
まあ、法王聖下に向かって殺意ある一撃を放ったのでありますから、当然でありましょうか。
そして、効果が表れました“言霊”。
ぞろぞろと一斉に回れ右して、湖の方へと進み始めました。
徒党を成し、屋敷の壁すら破壊して、まっすぐ湖の方へ歩く兵士達。
その中には、ロレンツォ様とレオーネの姿もあり、兵士達に混じって去っていきました。
ただ、地面に倒れ込んだままのコジモ様だけはそのままで、なにやらブツブツ呟きながら動こうとしませんでした。
(あれ? “言霊”が効いていない? 父親に捨てられたことが衝撃的過ぎて、頭に届いてないのかしら?)
“言霊”は力ある言葉を発し、それで一種の洗脳状態にして相手を従わせるものだと聞いています。
あるいは聞こえていなかったので、効力を発揮しなかったのかもしれません。
「……プーセ子爵アルベルトよ、その者を消せ。この世に、髪の毛一本遺すな」
「ただちに」
哀れ、コジモ様。
やはり見逃すつもりはないようですね。
アルベルト様の“黒い手”が発動し、コジモ様を土塊に変えてしまいました。
指示通り、それは念入りに行われ、肉体は髪の毛一本残らずに消し去りました。
コジモ様の痕跡が一切残らないほどに、完璧にです。
残っていた服も夜風に吹かれて、塵と化した体と共に闇夜に消えました。
「よろしい、これで不埒者は完全に片付いたな。皆、ご苦労であった」
聖下からの労いの言葉を聞き、皆が恭しく頭を垂れました。
もちろん、私もです。
よもやまさかの事態に、まだ頭が困惑していますが、危機的状況が解消された事は間違いありません。
しかし、“支配者には逆らえない”という、絶対的な差を見せ付けられた。
“雲上人”やその秘密を探る事、それは容易ならざるものである、と。




