7-59 意外な増援
「ハッハッハッ! なかなか適応が早いではないか、ジェノヴェーゼの魔女よ!」
レオーネから甲高い声が発せられ、こちらを笑い飛ばして来ました。
必殺の武器を持ち出し、こちらを圧倒するはずでしたが、私が持てる限りの観察眼と知恵を絞り、“銃”への対処法を即座に考案しましたからね。
こっちも生き残るのに必死なのですよ。
「“銃”への対処は早い。初見にしては、見事としか言いようがない!」
「それはどうも! あなたもこんな“割に合わない仕事”なんてやめにして、さっさと国元に引き上げてはいかがですか?」
「なぁに、構いやしないさ! どのみち、白い魔女を捕縛できれば、十分すぎるほどの収穫になる!」
「まあ、それはお怖いですわね~。一体、私になんの御用でしょうか?」
「それは今は言えん。ただし、あとでたっぷりその白い体に聞いてやるさ!」
「やぁ~ん♡ このスケベ魔女! あ、でも、私、そっち系には興味はありませんわよ。金で引き受ける事もありますけどね」
我ながら、何を挑発しているのか分からなくなってくるやり取りです。
片や、娼婦上がりの口達者な魔女。
片や、庶民出のガサツで好戦的な魔女。
一括りに魔女と言えども、国が違えば有様も変わって来るのかもしれませんね。
(まあ、私の場合は国云々の前に、カトリーナお婆様の影響が大きいのですけどね)
たった一人の魔女が、世界を改変させてしまうほどに大きな存在になってしまったのですからね。
文字通り、雲の上の存在である“雲上人”を動かし、ガチガチに凝り固まった教会の風通しを良くし、魔女、魔術と言う存在を世間一般に認知させ、迫害を止めさせたのですから。
そこまでは行かずとも、それに指を引っかけれるくらいには自分も強く、そして何より、賢くありたいものです。
「まあ、それもこれも、まずは大公陛下と番犬を始末してからにしましょうか!」
再び準備が終わったのか、筒の先がフェルディナンド陛下とアルベルト様に向きます。
しかし、二人の動きは常人にあらず。
陛下は【生贄は槍先に】によって、肉体が強化されたまま。
足の速さは尋常ではないですよ。
アルベルト様は密偵頭として、数々の工作活動に従事し、その俊敏さや危機察知能力は我が国随一です。
さらに【加速する輪廻】の“黒い手”がありますからね。
痛いでしょうけど、飛んで来る礫を土塊に変えて、これを防ぐこともできます。
そして、無駄撃ちの後は乱戦となる事は必定。
余計に撃ちにくくなり、肉薄できる機会もありましょう。
(つまり、次の発射から再装填させれるかどうかが勝負! あの二人ならば、それを乗り越えられると信じていますわ!)
後は両者共に機を測るのみ。
いつ撃つか?
いつ飛び掛かるか?
緊迫した空気の中での読み合い、探り合いです。
「双方、そこまで!」
完全なる不意討ちでした。
こちら陣営とあちらの魔女と対峙して、そちらにばかり意識が集中してしまい、“後方”の注意が散漫になっていました。
ようやく包囲陣の突破を試みていたディカブリオが到着したかと思い、そちらに視線を向けると、あまりにも意外な人物が馬上より周囲を威圧していました。
馬に跨り、純白の法衣に身を包んだ司祭、しかも見覚えのある方。
そう、私の上客でもあるヴェルナー司祭様でした。
「し、司祭様!? なぜここに!?」
「おお、どうやら間に合ったようだな! すでに血は流れたが、最悪の結果だけは免れたようだ! 主神よ、慈悲深き恩寵により間に合いましたる事、まずもってお礼申し上げます!」
いつものように印を組み、神への祈りを捧げるヴェルナー司祭様。
周囲の喧騒などそっちのけ。神か、あるいは私しか見ていないのは相変わらずですね。
しかし、私の注目は司祭様よりも、それに随伴しておりますもう一人の神職の方に視線を奪われています。
なにしろ、その神職の方は何と申しましょうか、あまりにも神々しい雰囲気を漂わせているからです。
白馬に跨り、若く生気に溢れ、整った顔立ちは貴公子然としており、王子様ですと紹介されればそのまま信じてしまうそうなほどです。
白磁のごとき白い肌と、金髪金眼が特徴的ですわね。
(しかし、それより重要なのは、身にまとっている法衣! ヴェルナー様は白であるのに対して、こちらの方は紫色の法衣! あれは教会の最高幹部である“枢機卿”以上の方が身につける衣装! つまり、最上位の上役を連れてきたって事ですよね!)
これは完全に想定外でした。
動かないで下さいと要請しましたが、ヴェルナー様は動かないふりをして、こっそり上と連絡を取っていたという事なのでしょう。
コジモ様の告解の内容を公表する、という教会の規則に反する行いですから、上の反応を見るために相談していたのは分かります。
しかし、最高幹部が直々に出てくるとは、予想外も予想外です。
(しかし、そうなると今回の一件、教会が仲裁するという事でしょうか? なるべくなら、関わり合いたくもないし、まして貸し借りを作るなど以ての外! 血生臭い状況を改善できるとはいえ、より厄介な事にならねばよいですが)
思わぬ増援に感謝しながらも、どこか素直に喜べない自分がいます。
どうにも“雲上人”に対して懐疑的になって以降、その出先機関である教会に対しても壁を作ってしまいます。
さて、どういう条件でこの場を収めますやら。
そのお手並み、じっくりと拝見いたしましょうか。




