7-58 口先の魔女の考察
ネーレロッソ大公国からやって来たという魔女レオーネ。
その実力は大したものです。
“銃”なる轟音と共に礫を飛ばす武器は、一度の一斉射で乗って来た馬車を馬ごと潰してしまいました。
弓矢であれば、ああもボロボロになる事はないでしょうが、“銃”なる武器はそれをやってしまった。
(こちらより、より“実戦”向きな魔術と言うわけですか)
私の魔術は、はっきり言えば“騙る”事に特化させています。
【淫らなる女王の眼差し】で情報を収集し、それで得た情報と培ってきた知識、そして、娼婦として鍛え上げた話術を織り交ぜ、口八丁で状況を動かす事を得意にしています。
交渉事や頭脳戦においては無類の強さがあると自負していますが、今回のような“実力行使”においてはあまり役に立ちません。
せいぜい、賑やかしや挑発要員くらいでしょうか。
しかし、レオーネの魔術は、より直接的にこちらを攻撃してきます。
アルベルト様が言うところの火薬なる燃える土、あれを用意してきたのですからね。これは手強い。
(匂いから察するに、おそらくは硫黄を用いていますね。あとは木炭かしら。しかし、それだけではないはず。現物を手に入れない事には判別できませんね)
見ただけでの分析には限度があります。
そして、それをやれと言って来るのが、フェルディナンド陛下やアルベルト様ですからね。
魔女の身も辛いものです。
「御二方、“銃”の原理は分かりかねますが、攻略は不可能ではありませんわ」
「さすがはこちらの魔女だ。頼もしい事、この上ないな」
陛下はニヤリと笑ってきますが、こっちは神経すり減らして慣れぬ実戦に身を投じているのですから、特別報奨金でもいただかねば割に合いませんわね。
「それで、どう対処する?」
「まず、“連射”ができない点でしょう。ほら、射撃したあの鉄筒を、いじくりまわしています。つまり、“弩弓”のように、再装填に時間がかかるはず」
実際、鉄筒を構えていた兵士らは、火を噴いた鉄筒を弄っているのが見えます。
威力は絶大なれど、連射が出来ない点は間違いなく弱点です。
“弩弓”も引き金を引いて矢を射出した後は、バネを撒き直し、撃ち出すための力を溜め直さないといけませんからね。
要は、あの“銃”なる武器の攻略方法は、“空振りを誘う”事なのですから。
「それと、礫が真っ直ぐにしか飛ばないという事です」
「飛ばないのか? 弓矢のような曲射はないと?」
「はい。恐らくあの武器の原理は、火薬を着火する事による爆炎と空気の圧縮によって生じた衝撃を利用し、筒を通して礫を撃ち出す。これだと思います」
「なるほど。その仮説が正しいとするならば、筒の向いた方向に礫が飛んで来るのは道理か」
アルベルト様も私の説明に納得したご様子。
上手く伝わって良かったですわ。
「しかし、アルベルト様、“黒い手”で受ける真似はしない方が無難です」
「だな。いくら飛んで来る礫を土塊に変えるとは言え、矢を超える速度で飛んで来る土塊に変わるだけだからな。普通に痛い」
「つまり、あの武器の攻略方法は、相手の空振りを誘いつつ、再装填を済ませる前に距離を詰める事、です」
これが現状で導き出せる私なりの答えです。
もう少し観察すれば、あるいはもっと良い答えが見えてくるかもしれませんが、一度の攻撃で得られる情報など、これが限界ですね。
(もちろん、肌の触れ合える距離まで近付ければ、その限りではありませんが)
そんな機会が巡って来ないのは分かっていますけどね。
兵士の壁こそ、射線を通すために今は開いていますが、合図一つで埋めてしまえるのです。
“銃”による攻撃、そして、全身をすっぽり覆う衣装。
近付けないし、近付いても肌の露出がない。
あるいは、よもやとは思いますが、私の魔術についても、あちらもかなり考察しているのかもしれません。
密偵を放っていたのは確実ですし、こちらもできる限り気を付けてはいましたが、“肌の触れ合い”が不自然な場面があったのかもしれません。
そこを勘繰られては、見破られても不思議ではありません。
「……アルベルト様、注意してください。あの武器は、あなた様を殺すために作られたのかもしれませんわ」
「その可能性もあるか。確かに、あの武器は“黒い手”で防ぐのが困難だ。矢よりも見えにくい礫が飛んで来るし、その礫を手で受け止める事も出来ない」
「はい。それを見越しての、あの形状の武器なのかもしれません」
「なぁに、攻略法は魔女殿が示した。結局、どんな武器であろうとも、“当たらなければどうという事はない”という理屈だ」
アルベルト様は壊れた馬車の陰から飛び出し、身体を右へ左へと動かしながらゆっくりと前に進み出ました。
(なるほど。体を揺らすのは、的を絞らせないようにするためですか。おまけに、引き金を引く、爆発音がある、という予備動作もありますし、撃ってくる瞬間を見極めることができる)
つまり、アルベルト様は全部避ける事を選択されたようです。
「まあ、現状では、それが唯一の方策か」
陛下も前に進まれ、同じく体を揺らしながら前へと歩いて行かれました。
まだ短槍を手放してはいませんので、能力は向上したままです。
おまけに一連の流れで休憩までできたので、体力も回復しているはず。
あとは、二人が相手の攻撃をかわし、距離を詰められるかどうかですね。
壁は分厚く、攻撃も重たい。
先程以上に緊迫した空気が張り詰めて参りました。
頑張ってください、フェルディナンド陛下、アルベルト様!
私が無事に生きて帰れるように!