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7-56 ネーレロッソの魔女

 一瞬の隙を突き、リミア嬢とアルベルト様の連携で、見事にコジモ様を捕らえました。


 組み伏せられ、地べたと接吻を強いられたコジモ様ですが、下手に身動きが取れない状態。


 なにしろ、その頬のすぐ横には、アルベルト様の“黒い手”がちらついているのですから。


 触れたら最後。土塊へと変わる死神の手。



「これで形勢逆転! 御子息は虜となりましたわよ!」



 ここぞとばかりに、私は絶叫。


 当然、主家の御曹司が捕まったのですから、兵士達は動揺します。


 どうすればよいのか、指示を待つため、ざわつきながらもその動きが止まった。


 その喧騒を後目に、フェルディナンド様が駆け寄って参りました。


 すでに何十人と仕留めたであろうその出で立ちは、返り血で真っ赤に染まる程。


 側にいたリミア嬢が危うく腰を抜かすほどに、禍々しい姿に変わっていました。



「上出来だ、ヌイヴェルにリミア、それにアルベルトもな」



 フェルディナンド様自身、囮役でしたからね。


 大立ち回りで注意を引き、コジモ様を焦らせたところで、リミア嬢が暗器で一撃。


 怯んだところをアルベルト様が突っ込んで、これを捕縛。


 予定通りとは参りませんが、まあ、十分及第点でありましょう。



「さあ、息子が殺されたくなければ、話し合いに応じるのだな!」



 アルベルト様の声が響くも、ロレンツォ様は特に反応なし。


 息子が人質にされたというのに、どうにも無関心なご様子。


 私への生け捕り指示といい、何を考えているのかさっぱり分かりませんわ。



「……構うな。さっさと“白い魔女以外”を全員始末しろ! 結果として、せがれが巻き添えを食らっても良い!」



 無慈悲な指示が飛ぶ。


 これには私は元より、フェルディナンド様も驚いておりますね。


 何しろ、人質になってしまった跡取り息子共々、こちらを殺せという指示ですからね。


 親子の情の、何と薄い事か。



「ち、父上!?」



「余計な騒動ばかり引き起こし、いよいよ大詰めと言うところで、間抜けにも捕まりおって。そんなバカ息子は、とっとと廃嫡だ!」



「そ、そんな!」



「お前の言うところの“高尚な趣味”の段階で気に入らなかったのだが、策に組み込んで見えやすい餌にした。結果がこれではしらけるばかりだ」



 ロレンツォ様から、どうにも不機嫌さが漂ってきましたわね。


 まあ、『処女喰い』は普通の感性の持ち主であれば、忌避感が生まれるのは当然。


 そういう意味においては、ロレンツォ様の方がコジモ様よりも、遥かに真人間と言う事でしょう。


 おそらくは、事件が明るみに出ないよう手を回し、握り潰してきた案件もあったのでしょうが、それももうおしまい。


 武装蜂起クーデターという大事にあって、いよいよ“ドラ息子”を切り捨てる気になってしまったという事でしょうか。


 ああ、哀れなり、コジモ様。


 もっとも、“高尚な趣味”のせいで、一切の同情は湧いてきませんけどね。



「しかし、息子に冷たすぎるだろう、ロレンツォ」



「陛下はまだ御子が生まれたばかりで、分からんのですよ。全てにおいて平凡で、それでいて趣味は下劣。私の後を継ぐに相応しくない、そう判断したまでの事」



「なるほど。養育に失敗した、というわけか」



「それについては、認めざるを得ませんな。まあ、親戚筋から養子でも貰って来ればいい。もう、コジモには何も残してやらん」



 吐き捨てるロレンツォ様に、それを睨み付けるフェルディナンド陛下。


 お互いに親子ほどの齢が離れた二人ですが、子が一人という点では同じ。


 失敗作の息子と、これから鍛えていく息子。


 暗い未来と、見えない未来、言葉に並べては見ましたけど、似て非なるものですね。


 ここでアルベルト様が、抑えつけていたコジモ様から離れ、その切り捨てられましたドラ息子を解放しました。


 こうなっては人質としての価値もありませんし、何より、コジモ様が壊れかかっています。


 黒い手で脅され、死を間近で感じた事のみならず、目の前で堂々と父親から棄てられたのですからね。


 外道ではあっても、根は温室育ちのお坊ちゃん。


 相当、衝撃的だったのでしょうね。



「そうですとも。公爵、あんたは立ち止まるべきではないな」



 そう言って、屋敷の中から一人の怪しげなる者が出てきました。


 漆黒の長衣ローブに、これまた漆黒のとんがり帽子。


 おとぎ話にでも出てくるような、典型的な“魔女”の装いですわね。


 どうにか聞き取れた声色からも、女性だと分かります。


 しかし、顔は分かりませんね。道化師パリアッチの仮面を着けているため、ご尊顔を拝めません。


 おまけに、言葉遣いから優雅さも、礼節の欠片も感じない。


 下町訛り(スラング)すら混じったものですので、どうにも育ちの悪さが目立ちますわね。



「お前か……。屋敷の中で待機していろと命じたはずだが?」



「いえいえ。あの二人を、大公とその番犬を屠るのには、ここの兵士だけではどうにも不甲斐なさそうなので、御助勢しよう」



 なんとも尊大なお言葉ですわね。


 実際、周囲にいる兵士からは苛立ちや殺気が、“魔女”に向けられています。


 自分ならこの状況をどうにかできる。お前らは戦力外。


 そう言ったに等しいのですからね。


 苛立ちの一つも覚える事でしょう。



「まあまあ、見ているがいい。我が魔術にて、あやつらを屠ってやるさ。もちろん、報酬である、“白い魔女の身柄”は忘れんでくれ」



 仮面で顔は分かりませんが、おそらくはニヤついている事でしょう。


 しかし、私の生け捕りが、目の前の魔女の差し金だとは思いませんでした。


 まずは、探りを入れて見ませんとね。



「ねえ、あなた、もしかして、ネーレロッソの方かしら?」



「ああ、そうだよ。ネーレロッソから参上した魔女ってやつだ、ジェノヴェーゼの魔女さんよぉ」



 あっさり白状。肩透かしを食らった思いです。


 堂々とネーレロッソ大公国からやって来たと述べたのですからね。



(そうなると、こいつが我が国に色々と工作を仕掛けてきた張本人!)



 カーナ伯爵を覗き見た記憶から、ネーレロッソの工作員の影はチラついていましたし、そもそも私自身、ヴォイヤー公爵家の邸宅前で見ていますからね。



(しかし、あれは男だったはず……。いえ、あれもこいつだったかもしれない)



 今もそうしているように、私も“男装”して、ここに紛れ込んだ身ですからね。


 “魔女”と名乗っている以上、あちらも“魔術”には相当自信があるのでしょう。


 そして、私の言う魔術とは、その多くが“詐術”や“化学”に属するものであり、口八丁で魔術と錯覚させるのがそのやり口です。



(あるいは、あちらもそれをやって来るか!)



 私も、その他全員も身構えますが、ネーレロッソの魔女は実に優雅に振る舞ってきます。


 恭しく頭を下げ、礼に則った拝礼です。



「どうも初めまして、ジェノヴェーゼ大公国、大公陛下とその取り巻きの方々。俺の名はネーレロッソからやって来た魔女。名をレオーネ=ダ=ヴィンテージ。死ぬまでの短い間、覚えておいてくれ」

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