7-54 生贄は槍先に
カーナ伯爵マッサカーは血の海に沈みました。
謀反の廉で、フェルディナンド陛下手ずから、槍で心臓を一突きにして。
「さて、それでは始めるとしようか」
準備運動は終わった。そう言わんばかりの陛下の態度。
それに反応してか、ロレンツォ様も軽く手を上げ、取り囲む兵達もまた緊迫した雰囲気に包まれる。
「陛下、腹いせ紛れに伯爵を誅殺して、満足しましたかな?」
「信賞必罰は、君主として当然の事だ。謀反を笑って許してやるほど、私はお人好しではないのでな」
「それについては、同意いたします。もっとも、その君主としての態度や矜持と共に、マッサカーの後追いになりますがな。“地獄”で奴がお待ちですぞ!」
「すまんが、私は死後に“天国”へ行く予定なので、ご期待には添えかねるな」
「フンッ! 大公位に就きし者が、血の罪過を背負わず、奇麗なままあの世へ旅立てるとでも?」
「罪はあるが、それ以上の善行を積めば、あるいは行けるかもしれんぞ」
「そんな時間的猶予は、今の陛下にはありませんな! 者共、かかれ! ただし、白い魔女だけは絶対に生け捕れ!」
ここで意外な指示がロレンツォ様の口から飛ぶ。
(へ? 私だけは生け捕り!? なんで!?)
もう訳が分かりません。
この状況、リミア嬢以外を皆殺しにでもして、カーナ伯爵が謀反を企み、それを誅しようとして共倒れ、とでも言った方がまだ格好が付きます。
カーナ伯爵の死体は仕上がっていますので、それにフェルディナンド陛下とアルベルト様、それに私を含めましたファルス男爵家の面々を死体にすれば、かなり強引ですがそれが叶います。
あとはリミア嬢を相続人とし、それと婚儀を結ぶ事で、ジェノヴェーゼ大公国の玉座はヴォイヤー公爵家に流れる事になります。
にも拘らず、“魔女”を生け捕りにしろと言う指示。
何を思っての事か、理解しかねます。
しかし、そんな思考を悠長にしている余裕もなく、と言うより、陛下が真っ先に動かれました。
「【生贄は槍先に】、発動。超加速」
まさに電光石火と呼ぶに相応しい俊足。
陛下の持つ魔術が発動した証拠です。
常人ではまともに捉えられないであろう速度で接近し、グサッと短槍で一刺し。
目から突き入れ、そのまま頭蓋骨を貫通して、先端部が後頭部から突き出す。
犠牲者は包囲網に混じっていた、例の瘢痕の御者です。
「あ……、が……!」
「すまんな。この中で公爵親子を除けば、甲冑に身を包んでいなかったのは、お前だけだったのでつい、な」
哀れ、御者はそのまま絶命。
陛下の槍に命を吸われた、二人目となりました。
どうやら、“地獄”で真っ先に伯爵と再会するのは、彼だったようです。
「【生贄は槍先に】、上乗せ! 神よ、我は首を垂れ、その眼前にひれ伏し、赦しを乞い求める者なり。槍先に生贄を突き刺して!」
陛下の動きは止まらない。
近くの兵士に蹴りを入れますと、鎧がへしゃげるほどの一撃。
転がり落ちた斧槍を拾い上げ、それを豪快に振り回します。
右手には短槍、左手には斧槍、これこそ陛下だけが扱える必殺の武芸“二槍流”です。
(始めて見る事になりますわね、陛下の魔術【生贄は槍先に】は!)
その勇壮ぶりに、ついつい興奮してしまう私。
陛下の魔術については、私は前々から知っていました。
何しろ、陛下の“筆下ろし”をしたのはこの私であり、その際に我が魔術【淫らなる女王の眼差し】であれこれ調べましたからね。
そして、その際に見つけたのが陛下の魔術【生贄は槍先に】。
発現条件は「槍で人を殺す事」。
効果は「人を槍で殺す度に身体能力が向上し、その効果は槍を手放すまで続く」。
それを掴んだので、私は陛下(筆下ろし当時はまだ殿下)に「槍術を磨かれた方がよろしいですよ」と何度か助言したことがあります。
果たして陛下はその魔術に気付き、戦場ではいつも大暴れしているそうです。
なにしろ、“槍”を使えば使う程、ドンドン強くなるのですからね。
ちなみにその実力はアルベルト様も認めるところであり、「命を十個ほど吸い上げた槍は、“黒い手”を使っても勝てるかどうか」と評する程。
(まあ、それも見越して、一応、伯爵の身柄をこちらで確保していたわけなのですよね。陛下が乱入して、即座に魔術を発動できる“餌”として)
卑怯とは言いますまい。
なにしろ、これは下剋上の渦中でありますから、騙し騙されては当然の事。
相手もこちらを引っ掻けたのでありますから、こちらもそのための“保険”を用意するのは当たり前ですわ。
そうこうしている内に、短槍は次々と命を吸い上げ、陛下の動きもますます磨きがかかります。
振り回す斧槍は豪快な風切り音と共に振り回され、甲冑などお構いなしに兵士を切り裂き、あるいは吹き飛ばす。
頑丈な造りではありますが、それでも陛下の腕力に耐えきれずに、へしゃげてしまう斧槍。
しかし、代替品はそこかしこに転がっています。
陛下の動きは止まらない。
神への贄を捧げる短槍を手放さない限り、その突進は止まらない。
ただ一人で並み居る兵士をバッタバッタと切り伏せる。
ああ、何という勇壮なる御姿か!
さあさあ、ロレンツォ様、コジモ様、蹂躙されるのは果たしてどちらでしょうか?




