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7-53 命の使いどころ

 コジモ様との会話を打ち切ったフェルディナンド陛下は私の方、と言うより、そのすぐ横に立っていたオノーレの方に歩み寄りました。


 オノーレはカーナ伯爵を羽交い絞めにしており、逃げ出さないようにしていますが、すでに伯爵には何の価値もありません。


 人質という点では“リミア大公女殿下”の方が上ですし、ヴォイヤー公爵家の別邸に入るための通行券としては、もう使用済みの状態ですからね。


 それは陛下も理解されているでしょうけど、はてさてどうされる事やら。



「カーナ伯爵マッサカーよ、一つ確認しておきたいことがある」



「……なんでしょうか、陛下?」



 伯爵もバツの悪そうな顔をしていますね。


 そもそも、伯爵自身、武装蜂起クーデターによる大公位の簒奪についてはある程度は知っていたようですが、秘密にされていた点も多い。


 実際、別邸に想定以上に兵が用意されていたのも、伯爵にはあずかり知らぬ事。


 私が【淫らなる女王の眼差しヴァルタジオーネ・コンプレータ】で心の中を覗きながら、その情報が欠落したのは、それを知らなかったと言う事になります。


 秘密の共有は“信頼のパラメーター”である以上、重要情報を秘匿されていたということは、伯爵自身に公爵家側が特に重要視していないと言う証。


 複雑な心中である事はお察ししますわ。


 まあ、あえてそんな心中を覗こうとは思いませんが。



「確認しておきたい事なのだが、伯爵、お前はどちらを選択する?」



「……と仰いますと?」



「見ての通り、ヴォイヤー公爵家は主君である大公家に反旗を翻した。謀反が重罪なのは言うまでもない。そこで質問だ。私とロレンツォ、どちらに従うか、とな」



 おやおや陛下も意地が悪い。


 この場で敢えてそれを尋ねますか。


 カーナ伯爵は実質的には、ヴォイヤー公爵家の与力のようなもの。従うとすれば、公爵家でしょう。


 しかし、武装蜂起クーデターという一大事にあっては、そのまま公爵家に付き従うか、あるいは大公家に従うか、人によっては判断の分かれるところでしょう。



(しかも、伯爵は切り捨てられる寸前ですからね。公爵家への疑心が芽生えている。しかし、周囲を取り囲まれている状況で陛下への忠誠を誓うなど、それこそ公爵家側から真っ先に殺されるようなもの! 悩ましい事でしょう)



 複雑な心境は、伯爵の顔を見れば一目瞭然ですわね。


 むしろこの状況で陛下に忠を誓えば、案外今までの事を流してくれるかもしれませんよ。


 危機的状況でこそ、人間は本性が現れるものです。


 まあ、私やアルベルト様が陛下を裏切れないのは、“絶対”ですけどね。



「フフフッ……、愚問ですな、陛下」



「愚問? お前の今後に関わる事を丁寧に尋ねる事が、愚問になるのかね?」



「今更ですな~。この状況、ひっくり返しようがない! だからこその愚問! もちろん、ロレンツォ様やコジモ様についていきますよ!」



「ほ~う。それがお前の選択か?」



「そうだ! しかし、大公家への忠義は誓います! 玉座の主が新しく変わってからですがね!」



 もうやけくそ気味な伯爵ですが、まあそれも一つの選択でしょう。


 ここまで事態が進んだ以上、この簒奪劇は止まらない。


 私や陛下が討たれるか、あるいは逆に公爵家が御取潰しになるまでは。


 それに挟まれたカーナ伯爵としても、どちらかを選択しなくてはならない。


 そして、選んだのは公爵家側だったと言うだけの話。


 まあ、現状を鑑みれば、それもまたやむを得ないでしょうかね。



「そうか。では、もうお前には興味がなくなった。えっと、オノーレだったか、そいつを放してやると良い」



「陛下、よろしいので?」



「構わん。何事も無理強いは良くない。むしろ、我が身の不徳さを嘆く」



 嘆くと述べた割には、全然後悔しているようにも見えませんね、陛下の顔は。


 オノーレは陛下の指示に従い、羽交い絞めを止めました。


 あらかじめアゾットに外されていた肩が痛かったのか、伯爵はようやく解放された安堵感から大きく息を吐き出しました。


 そして、まさに一瞬の出来事。


 陛下が自身が乗って来た馬に備え付けていた短槍ボアスピアを手にしたかと思うと、悠然とそれを伯爵に突き刺しました。


 あまりにも自然体で一連の動作を済まされましたので、止める者は一切なし。


 悠々と槍先が伯爵に突き刺さり、背中へと突き抜けました。


 位置的には、心臓を一突き、と言ったところですね。



「が……、な、なんで」



「なんで? おいおい謀反は重罪だと言ったはずだぞ? 確認のためにどうするか、ちゃんと尋ねたのに、お前は謀反に加担すると、自らの意思で宣言した。生かしておく理由は何一つない」



 まるでゴミを見るかのような陛下の視線。


 普段の威厳に満ちた目とも、私の前だけで見せる無邪気な目でもない、本当に不機嫌で、不快な感情をあらわにした目です。


 これもまた、ゾクゾクするほどに魅力ですわね。


 ちなみに、用いました短槍ボアスピアは本来“狩猟用”として用いられる槍です。


 狩猟において、最上の獲物はやはり“大猪ボア”であり、皆こぞってそれを狙います。


 その際に用いる武器は、基本的に弓や弩などの飛び道具。


 しかし、自らの勇敢さを示すため、より“距離”を縮めて戦う事を勇気ある行動だと言う風習が根強くあります。


 弩よりも弓で、弓よりも槍で、槍よりも剣で、と言う具合に。


 そして、陛下が握っています短槍ボアスピアは槍と銘打ちながら短く、それゆえに“剣のような槍”とまで称されるほど。


 “大猪ボア”を倒すための槍、それが短槍ボアスピアなのです。


 と言っても、得物が短いため相当接近せなばならず、それだけに逆に大猪ボアに逆襲される事もままある話です。


 だからこそ、短槍ボアスピアで狩りに出かけ、獲物を仕留めたる者は“勇者”と讃えられるわけです。


 陛下もまたそんな豪胆な狩人であり、同時に冷徹な為政者でもあります。


 本日の狩場は“謀反”という名の大舞台。


 その栄えある獲物一匹目は、哀れなる伯爵。


 さあ、いよいよ演劇も佳境になって参りました。


 陛下の持つ槍が、ただの一匹で大人しくなるとは思えません。


 一体これから何匹の“謀反人”の血を吸い上げますやら。


 考えただけでも身震いがしてきますわ♪

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