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7-52 付加価値

 一触即発な状況には変わりませんが、取り囲まれている以上、それは止むなき事。


 何百人もの兵に取り囲まれ、私もまた帯びていた細剣レイピアを抜き、周囲を威圧しています。


 こう見えても、結構鍛えているのですよ、私は。


 まあ、二人、三人くらいなら倒せる自信はありますが、そこで限界。


 ちなみに、御者のオノーレは同乗していたカーナ伯爵を羽交い絞めにしています。


 伯爵はジタバタ暴れていますが、アゾットによって肩を外されていますので、本来の力を発揮できずにいます。



(一応、人質と言う形にはなっていますが、どうにも効果はありませんね)



 貴族と言えども、所詮は公爵の取り巻き。


 陛下と言う最大の獲物が飛び込んできた以上、伯爵を肉盾にしても効果なし。


 本当にここで決着をつけてしまわれる気なのでしょう。



「さて、一戦交える前にいくつか確認しておきたい事があるのだが、よいかな?」



 事ここに至っても、フェルディナンド陛下は冷静沈着。


 その豪胆さは流石と言わざるを得ない。


 大公家の家督ごと狙う公爵が目の前にいて、取り囲む兵士も剣や槍を持ち、威圧していながらですからね。



「いいでしょう。聞きましょう」



 ロレンツォ様もロレンツォ様で、こちらも余裕の態度。


 まあ、周囲をすっかり取り囲んでいますし、最大の獲物を前にして舌なめずりの一つや二つ、やりたくなるものでしょう。



「では、遠慮なく。なあ、コジモよ、我が娘を放してやってはくれないか?」



 陛下の口より飛び出しましたのは、確認と言うよりは要求。


 なお、当のリミア嬢はコジモ様に捕まり、身動き取れずにビクビクしています。


 少女の細腕では、さすがにどうにもなりませんからね。



「陛下、残念ですが、それはできない相談です。この娘には利用価値がありますので、放す事は不可能です」



 そう言ってコジモ様は、リミア嬢の首に手を回し、軽く力を込めて締め上げ始めました。


 やれやれ、少女の首を締め上げるなど、ほんといい御趣味をお持ちですわね、この下衆男は。



「ほほう。利用価値とな?」



「ええ。この娘は、“陛下の娘”でありますからね。しかも、当初の予定とは違って、礼部に手を回し、“本当の養子縁組”をしてしまわれた。つまり、“陛下”と“陛下の御子”がお亡くなりになれば、この娘にも相続権と言うものが発生します」



「なるほど。我が娘である以上、それは道理だな」



 陛下が視線を向けましたのは、コジモ様の足下に落ちている書類。


 アルベルト様がコジモ様に差し出しましたもので、礼部で発行されました養子縁組に関する書類です。


 当初はでっち上げの養子縁組にして、事が収まったら解消するつもりでしたが、陛下の横槍で“本物の書類”になってしまい、養子縁組が本当に成立してしまいました。



(あ、でも、これって“リミア嬢の安全”を考えた場合、実は最良では?)



 思わぬ事に、私は気が付きました。


 相手の懐に飛び込むという、かなり危険な状態で行う策であり、下手を打つと“乱戦”になるかもしれませんでした。


 私と違って、自らを守る術に乏しいリミア嬢ですから、そのどさくさで命を落とす可能性もあるわけですし、“付加価値”が身を護る盾となるというわけですか。


 それでもリミア嬢は策に乗り、姉の復讐を優先させたわけですが、陛下はそんなリミア嬢すら保護の対象とした。


 いやはや、器の違いを思い知らされた次第です。


 コジモ様がリミア嬢を生かす理由がありますので、少なくとも当面は消してしまうと言う事はないでしょう。


 コジモ様がリミア嬢と結婚すれば、相続権が生じますので、このまま殺すよりかは、生かして捕らえておいた方が有用だという事。



(まさか陛下、これを狙って!?)



 妙に自身を巻き込む態度だったのは、リミア嬢の安全を考えた場合は最良と言うわけですか。


 大公女殿下、という付加価値は大きい。


 ヴォイヤー公爵家側からしても、陛下の息女を娶り、もってジェノヴェーゼ大公の地位を継承する正統性が生じます。


 かなり強引ではありますが、当初の台本を修正するだけの価値はありますわね。



「つまり、リミアを放すつもりはない、という事だな?」



「ええ、全くありませんな。ですが、ご安心ください、陛下。御息女はたっぷりと愛でて差し上げますので、その点はご安心を……。今までの“使い潰し”とは違って、大事な我が妻になる少女なのですからね」



「その“使い潰し”の中に、リミアの実姉がいるのだが?」



「……ああ、そうでしたね。クレアと言いましたか、あの娘は。あの震える小鳥のさえずりは、今思い出しただけでも股座またぐらがいきり立つ! やはり男爵とは言え貴族の娘! そこいらで捕まえた“野良犬”とは違いますな!」



「小鳥は可愛いが、犬もまた可愛いのだがな~。……と言っても、私の好みは“白蛇”だがな」



 白蛇って、それ、どう考えても私の事ですよね。


 この場で告白されても困りものですが、陛下にはどうやら私が“蛇”に見えているとの事。


 蛇は悪魔の化身ですからね。


 いやはや、反応に困る物言いですわ。



「まあ、そうですね。姉の方も“妾”として、囲っておくのも一興ですか。姉妹仲良く我が腕の中へ。悪くはないですね」



「あまり、いい趣味とは思えんがな。……あ、別に娘が可愛くないとか、そういう意味ではないからな。そこは間違えないように!」



「よくもまあ、この状況でそこまでの減らず口が叩けますね、陛下」



「王者たる者が威風堂々たる態度を見せずして、どうするというのだ? 少女を盾にして悦に浸るなど、下衆もいいところだ。そんな事では、仮に玉座に腰かけたところで、すぐに滑り落ちるぞ」



 まあ、それもごもっともな話。


 コジモ様も見た目的には陛下の親戚とあって悪くはありませんが、確かに態度がよろしくありませんわね。


 リミア嬢を盾にして、フェルディナンド陛下やアルベルト様から自身の身を守っているわけですから、格好が悪い事この上なし。


 それを自覚しているのか、コジモ様も若干不機嫌そうですわね。



「ならば結構。コジモよ、お前との“交渉”もこれで打ち切りとする」



「何を今更……。すでに兵で取り囲んだ時点で、交渉も何もありませんな!」



「それもそうだな。では、次に行くとしよう」



 そう言うと陛下はきびすを返し、こちらを振り向きました。


 と言うよりも、オノーレが羽交い絞めにしているカーナ伯爵に用があるようですね。


 何百と言う兵に取り囲まれていながら、悠然と歩く姿は、陛下の言うように王者の風格があります。


 “塔の部屋”で見る無邪気な陛下とは、全くの別人に思えてきますわね。


 さてさて、次は何を言い出しますやら。

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