7ー50 真打登場
一触即発とは、まさにこの場面を言うのでありましょうか。
すでにアルベルト様は“黒い手”の封印を解き、完全なやる気モード。
その気になれば、一足飛びに“謀反人”コジモに飛び掛かりそうですが、リミア嬢を盾にされ、攻めあぐんでいます。
そして、周囲はぞろぞろと現れた百名以上の兵士が取り囲み、槍や剣を握ってこちらを逃がすまいと包囲網を形成。
(当然、向こうもこれくらい予想の範疇ですわね)
実際、使い番として走らせていた例の瘢痕の御者も包囲の輪に加わっています。
裏切りは確定。
これで心置きなくこの場の全員を“殺せ”ますね。
「さて、必要な姫君も確保できたことだし、運んできてくれてありがとう、プーセ子爵殿。では、さっさと死んでもらおうか、髑髏の番犬!」
「その前に、貴様が謀反人として断罪されるのが先だ」
「いかに貴様が強かろうとも、この数の兵だ。どうにもならんよ」
「百と少々を超える程度の数なら、どうとでも捌ける」
「百……? くはは! この大間抜けめ! やはり看破できなかったようだな!」
リミア嬢を盾にしたままのコジモは、勝ち誇ったように高笑い。
はっきり言って不快そのものですわね。
しかし、その余裕の態度が気になりますが。
「馬鹿め! この屋敷とその周辺に伏せてある兵は、合計で“五百”だ! お前の予測よりも、四百多いのだよ!」
「…………!」
私もアルベルト様も絶句。
この屋敷に詰めている兵士は、多めに見積もって百五十がいいところのはずです。
なにしろ、ヴォイヤー公爵家に関わる施設は、ずっと監視していたのですから、数百単位での人の動きがあれば、余裕で察知できるはず。
口からでまかせかとも思いましたが、次から次へと屋敷の中から出て来る兵士は、本当にこちらの予想を超える数。
包囲の輪がますます分厚くなっていきました。
(おかしい……。どうやってこれだけの数の兵を!?)
人の移動、物資の移動、どれもこちらの予想を超えている。
見張っていたはずなのに、手抜かりがあったという事でしょうか。
私は思考を進めていくうちに、至極単純な事に気付きました。
それは完全な、こちらの“読み違い”に他ならない。
「アルベルト様! これはとんだ読み違いです! 今回の事件、その“本当の目的”は、アルベルト様を始末する事です!」
連続誘拐事件こそ、良く見える“餌”。
程々に事件の話が広まったところで、貴族の娘に被害が出れば、必ず密偵頭であるアルベルト様が、極秘裏に捜査を行う。
それこそが相手側の狙い!
「つまり、アルベルト様を連続誘拐事件の捜査を行わせ、公爵家の関与を匂わせる。証拠を掴むために敢えてリミア嬢の誘拐事件を“失敗”させて、“何も知らない”カーナ伯爵を捕まえさせ、以て強制捜査の状況を作る! これが今の状況です!」
「ほ~う。さすがは名高き魔女殿だ。それにすぐに気付くか」
「そして、この別邸こそ、罠を張った網! この想定以上の数の兵は、アルベルト様が事件の捜査に乗り出す前、クレア嬢の誘拐が起こった段階で、すでに完了していたという事です!」
これならば、こちらに気付かれる事無く、これだけの兵を集めることが可能です。
ヴォイヤー公爵家の関与が疑われるようになったのは、瘢痕の御者を調べた後の事ですから、それ以前の人員の移動は感知できていない。
これは本当に周到に計画された罠です。
おまけにわざとらしく、この別邸に“百名の兵士”を動かしたのも、こちらの戦力を過小評価していると誤認させるためのもの。
百名程度ならいける、と思わせ、実は五百の兵で待ち構えるという罠。
これは完全に私の読み違いでした。
迂闊!
「そういう事だ。これはカーナ伯爵にも話していなかった事だが、本当の狙いは髑髏の番犬を始末する事だ。プーセ子爵、お前がうろついていては、武装蜂起も事前に嗅ぎ付けられる可能性が高いからな」
「なるほど。私を始末し、陛下の周りの防諜力を落とした上での蜂起と言うわけか」
「まあ、それも当初の計画では、という話だ。何しろ、“本命”が自ら勝手にここに飛び込んできたのだからな!」
正面の門が少し騒がしくなったかと思いますと、一騎、囲みを突破してこちらに駆け込んできました。
「待たせたな!」
「待ってませんから!」
最悪です。
駆け込んできたのは、もちろんフェルディナンド陛下。
早めに笛を鳴らしましたので、ディカブリオと一緒に突入してくると思いきや、自分一人だけ駆け込んでくるという暴挙。
百名の囲みならば、アルベルト様ならどうにかできたでしょうが、その五倍ともなるとさすがに厳しい。
その網中に堂々と突っ込んできたのでありますから、最悪、陛下自身が虜になる可能性が出てきました。
(いえ。武装蜂起による政変を目論んできた以上、むしろ陛下にはここでお亡くなりになってもらった方がよいはず! 策が裏目に出た!)
なんという事でしょう。
罠にはまったふりをして、その上を行く罠を用意し、相手を一網打尽にするはずが、さらにその外側にもう一枚罠を張るという念の入れよう。
どうやら、ヴォイヤー公爵、もしくはその裏にいるネーレロッソの工作員は、想定以上の知恵者のようです。
本当に“奥の手”を使わなくてはならないかもしれませんね、これは。
自然と右親指に嵌められた指輪に、意識が向けられてしまう。




