7-49 先読み
屋敷の玄関前には、こちらを貴族の男性が待ち構えていました。
ヴォイヤー公爵家の嫡男コジモ様です。
聞き及んだところですと、齢は二十代半ば。
特にこれと言った悪い噂もなく、強いて言えば多少尊大な程度ですが、大貴族の“おぼっちゃん”なら、その程度は問題にもなりませんね。
貴族の青年が着るような普段着ではありますが、露骨なほどに兵士を見せ付けていますね。
(ここにいるだけで、ざっと三十名。正門前に十名と、さらに庭の中にも三十名ほど。こちらの把握している数より、半分程度と言ったところかしら)
ならば、まだ兵士はいると考えられます。
屋敷の中で待機しているか、あるいは付近の林にでも潜ませているか。
とは言え、まずは相手の出方を伺うのが先。
私もアルベルト様も最大限の警戒をしながら、まずは様子見。
なお、リミア嬢はビクビク怯える“演技”をしてもらっています。
なにしろ、誘拐され、いきなりここへ連れて来られた、という設定でありますから、そこら辺は表向き取り繕ってもらっています。
「カーナ伯爵、ご苦労だった。そして、ようこそ、お嬢さん」
コジモ様の応対は至って普通。
下卑な笑みを浮かべてはおりますが、それ以外はごく普通。淑女、御令嬢に対する貴族の立ち振る舞いで、逆に拍子抜けなくらいです。
とは言え、いよいよ演目が始まった事もまた事実。
悲劇となるか、喜劇となるか、それは舞台の上の役者次第です。
「こ、ここはどこなのでしょうか?」
落ち着かない雰囲気のリミア嬢は、あえてコジモ様と視線を合わせず、周囲をキョロキョロ。
少しぎこちなさもありますが、まあ及第点でしょう。
即席の役者にしては十分です。
「あ~、何も怖がることはないよ、お嬢さん。私の言う通りにしていればいいんだからな」
そう言ってコジモ様が歩み寄り、リミア嬢の前まで来ました。
リミア嬢は一歩後ろに下がり、怯えをさらに強調させますが、コジモ様はそのか細い乙女の腕を掴み、強引に引き寄せました。
「きゃ!」
「ククク……、いい鳴き声だ。実に耳に響く音色だ。今宵捕らえし小夜啼鳥はどのようなさえずりを聞かせてくれるのか、今から股座がいきり立つ!」
下品。
ただ一言、それが私の感想でございます。
『処女喰い』の正体、いよいよ見たりと言ったところでありましょうか。
これで“現行犯”の状況作りは完了。
あとは突っ走るだけでございます。
それはアルベルト様も同様のようで、ガシッと“封印したままの左手”でコジモ様の手首を掴みました。
「何の真似だ、従者。無礼であるぞ」
「無礼なのはお前の方だぞ、コジモ!」
そう言って、アルベルト様は懐に忍ばせておりました書類を一枚取り出し、それをコジモ様に突き付けました。
仮面越しの鋭い眼光を添えて。
「お前が誘拐しようとしたリミアお嬢様は、大公フェルディナンド陛下のご養女であらせられる! これを誘拐し、かどわかすなど、大逆の罪に問われるべき所業! まずはその薄汚い手を、大公女殿下より退けろ!」
出された書類は、陛下がリミア嬢を養女に迎える旨を示したもの。
本来はでっち上げで作り上げた代物ですが、どこからともなく陛下に嗅ぎ付けられ、今回の作戦の自身の参加を条件に、“本物”になったのでございます。
礼部の次官補であるユリウス様が書類の体裁を整え、陛下がしっかり署名捺印。
完璧な効力を発揮する書類の出来上がり。
いずれ解消しますが、一時的とはいえリミア嬢は“ジェノヴェーゼ大公国の姫君”になったというわけです。
これに勝手に手を出す行為は、大公陛下への反意ありと言われては、取り繕い様がありません。
しかし、コジモ様からは余裕の態度。笑みすら浮かべております。
「なるほど、なるほど。それはご苦労な事だな、“髑髏の番犬”よ」
「ほう、こちらの事を察した上での、その余裕の態度か」
「ああ、これからの事を考えると、ついつい笑みがこぼれてしまうのだよ!」
そして、屋敷の中から、さらに追加の兵士がぞろぞえろと出てきました。
こちらの察知している兵数の、残り全部といったところで、その数五十名。
庭に伏せていた兵士も合わせて、こちらを取り囲んできました。
「わわ! 団体様のお着きですよ! どうします!?」
「無論、予定通りに!」
さすがに取り囲まれまして焦る御者のオノーレですが、これも予想通り。
私は懐に忍ばせておりました笛を取り出し、大きく吸って息を吹き込む。
ぴぃぃぃぃぃ! という音が夕闇に響き、森に、湖に、空に、作戦の決行を知らせました。
(さて、ここからが時間稼ぎ。ディカブリオが到着するまで、頑張りますか)
いざという時のため、私はドレスを脱ぎ捨て、男物の装いに腰には細剣。
“物理的な攻撃”は魔女には相応しくありませんが、止むを得ませんね。
そして、笛が響いた事により、アルベルト様もいよいよ本気モードです。
「……ヴォイヤー公爵家に反意あり、そう判断しても?」
「ああ。始めからそのつもりだよ!」
まさに一瞬。
アルベルト様が左手の封印を解き、手袋の下から死神の力が宿りし“黒い手”がいよいよお目見えです。
しかし、コジモ様はリミア嬢の手を引き、アルベルト様の間に“肉盾”を用意して、その黒い手の動きを封じる。
(しかし、それも予想の範疇! リミア嬢、上手くやるのですよ!)
さあ、楽しい楽しい舞台の始まりです。
喜劇となるか、それとも悲劇となるか、この場にいる役者の面々、その出来栄え次第ですわ♪