7-46 キングの出撃!?
皆様、何かを始めようという時に際して、突発的な事案が発生し、台無しにされたりした経験はありましょうか?
人生は長く、何が起きるかは神のみぞ知る。
自身の思惑通り、世界が形作られるならば、どれほど楽な事でありましょうか。
そして今、私はその事を痛感しております。
ヴォイヤー公爵家の別邸へと突入し、嫡男コジモの身柄を確保して、公爵家当主と交渉に臨む。
そう考えて、あれこれ準備してまいりました。
書類をでっち上げて、リミア嬢を大公陛下の養子縁組を偽装し、さらに送迎の馬車の中には武器を隠しておいたりと、準備に奔走したものです。
夕刻には参じる旨を先方には伝えておりますので、そろそろ出発せなばという矢先の事でありました。
あろうことか、書類偽装を手伝っていただいた礼部のユリウス様を伴って、その大公陛下フェルディナンド様が姿を現したのでございます。
「陛下、なぜ来たのですか!?」
「事情は全部、ユリウスから聞いたぞ。勝手に養子縁組をしおって」
いささか不機嫌なフェルディナンド様の横で、ユリウス様が申し訳なさそうにしていますね。
一応、口止めはしておいたのですが、どこからともなく嗅ぎ付けて、事情を聴き出したのでしょうね。
陛下から詰問されては、さすがに話さない訳には参りませんか。
ジュリエッタとの一夜を邪魔した上に、陛下にまで詰められて。
ユリウス様にはあとでちゃんと、詫びを入れておかねばなりませんね。
「ですから、それは作戦上の一時的なものでございます」
「許可は出せんぞ。“私”を宴に加えない限りは」
「加えるって……、陛下も出陣なさるのですか!?」
「無論。身内に不始末は、身内で片を付ける。それが道理ではないか?」
「それはそうですが……」
さすがに即答しかねる話です。
確かに、ヴォイヤー公爵家は大公陛下の血縁になります。
連続誘拐略取の主犯とされるコジモ様は、陛下から見れば“はとこ”。
バカな事をやらかした身内に、手ずから掣肘を加えんとする姿勢は、積極的な陛下らしい行動です。
ただ、少々危険なのが問題ですが。
実際、“影武者”として動くつもりでしたアルベルト様は、仮面越しにも困惑ぶりが伺えます。
大人しく待機していてくれ、とでも言いたげな雰囲気です。
「それで、作戦は?」
「……まずリミア嬢を連れて、公爵家の別邸に入ります。入るのは、リミア嬢、アルベルト様、カーナ伯爵、そして、男装した私。馬車の御者はオノーレにやってもらいますが、万が一に備えて、馬車の近くで待機させます」
「ふむふむ。ディカブリオはどうするつもりだ?」
「従弟はあの体格ですからね。一緒に入っては、誤魔化しようがありませんので、別邸付近で兵と共に待機。私は懐に笛を仕込んでおきますので、それを合図に兵士と共に突入させます。こちら側に負傷者が出る事も考えまして、アゾットもディカブリオと共に、付近で待機となります」
すでに、カーナ伯爵の記憶から、別邸の間取り図は把握済み。
窓やバルコニーの位置もしっかりと覚えておりますので、どの部屋であっても手早く外で笛を吹く事が出来ます。
そして、中ではアルベルト様がいつものように“黒い手”を使って暴れ、外からはディカブリオが別邸に切り込む事になります。
ディカブリオは普段はのほほんとしているのんびりな性格ですが、いざ武を奮うと途端に本物の熊のようになります。
恵まれた体格から繰り出される一撃は、非常に強烈なものです。
怪力を活かすために巨大戦棍や巨大戦斧をよく用い、盾を構えていようとお構いなしに吹っ飛ばしてしまいます。
“熊男爵”の名は嘘偽りなし。
アルベルト様でさえ、「“黒い手”を使わないと勝つのは難しい」と評する程です。
「なるほど、そういう策か。ならば、笛が鳴り響く前に、私が単騎で突入しよう」
「陛下!? 状況、分かっていますか!?」
「そして、居並ぶ面々にこう言うのだ。『余の顔、見忘れたか?』とな」
ドヤ顔で言い放つフェルディナンド様ですが、呆れてものも言えません。
思わず視線を合わせ、ため息を吐く私とアルベルト様。
何の事はありません。チロール伯爵家の騒動の際、馬鹿共を懲らしめるため、フェルディナンド様に扮したアルベルト様が放たれた決め台詞です。
あれを再現しようというのが、陛下の考えのようです。
「陛下、それは良いとしましょう。しかし、“その後”どうなったかは御存じでしょう!?」
「ああ。『陛下がここに来られるはずがない!』とか言って、アルベルトに襲い掛かったな」
「そうなる事を考えてください! しかも、前回よりも相手方の兵も多いのですから! ディカブリオが突入して来るまで、敵中に孤立しかねません!」
「危険なのは、ヌイヴェルよ、お前も同様ではないか?」
「私は“自分の身”だけでしたらば、どうにかする自信はあります。ディカブリオが突破するまでなら、逃げ切ってみせましょう」
「大した自身だな。さすがは魔女殿。金を払わぬ男には、素っ気ないという事か」
確かに、金子を払わぬ相手とは、一夜の逢瀬をするつもりはありませんが、それをここで口にされるとは、陛下の笑いのセンスを疑います。
(まったく……。双子でこうも性格に差が出ますか)
珍しく二人並んでいるフェルディナンド様とアルベルト様を見ますと、同じ時、同じ腹より生まれても、“環境”でこうまで変わるのかと痛感しております。
アルベルト様は至って真面目であり、親しい人間の前でもその姿勢はなかなか崩さない。
一方のフェルディナンド様は、気兼ねする事のない相手の前では、平然と崩して来ます。
もっとも、普段は大公としての仕事があるのでそれらしい振る舞いをしておりますが、私やアルベルト様の前では酔っ払いかと思うほどのお調子者になります。
ほんと、ここまで落差の激しい御仁も、なかなかおりますまい。
「それにほれ、前にお前が行っていたではないか。『槍捌きが見たい』とな」
「確かに言いましたが、それをわざわざ今宵見せ付けますか!?」
「ま、見れるかどうかは、相手の出方次第だな。私としては、穏便に解決してもらうのが何より一番なのだし」
などと言いつつ、気分はすっかりやる気ですわね。
なんと言いましょうか、「血が疼く」と不敵な笑みを浮かべておりますので。
「それに陛下、戦場を騎馬で駆け抜けるのは、勝手が違うのですよ!? 陛下の槍の腕前、それを奮うのには“屋内”では狭すぎます!」
「ああ、そうだな。だから、馬上槍ではなく、短槍を用いるさ」
「用途は大分違いますが!?」
「どちらも“槍”である点は変わらんからな。問題ない」
言っても聞きませんね、今の陛下は。
同伴させなければ、本当に作戦の許可がいただけない雰囲気です。
アルベルト様からも、勘弁してくれ、と言いたげな雰囲気が漂っています。
あれこれ説得していますが、弟の諫言を無視する構えのフェルディナンド様。
果たしてこの行動、吉と出るか、凶と出るか。
ほんと、穏便に終わって欲しいものです。
 




