7-45 偽装の縁組
「えええええ!? 私が大公陛下と養子縁組ですか!?」
事後承諾という形になりましたが、リミア嬢に状況の説明をいたしますところ、村中に響いたかと思うほどの大絶叫。
まあ、貧乏貴族のお嬢様が、明日からいきなり大公女殿下ですからね。
驚くのも無理はありません。
「養子縁組と言っても、一時的なものだ。特にどうこうするでもなく、書類の上でそうなるだけの話だ」
驚くリミア嬢を宥めるように話すアルベルト様ですが、養子縁組が成立しますと、形の上では叔父と姪になりますからね。
それはそれで面白いですわ、この組み合わせも。
「そうじゃぞ。リミア嬢、あなたにはまた目立つ囮役をやっていただきます。敵を誘き出し、言い逃れの出来ぬ状況を作り出すために、ね」
「陛下に許可なく娘を……、大公女に手を出したら、それを理由に罪を問うという事ですか!?」
「そう。馬車の襲撃もそうですが、現行犯逮捕が一番手っ取り早いのですよ。そのために隙をわざと作り、相手が動きやすいようにしたのですから」
「今更なんですが、話しがドンドン大きくなっていってませんか!?」
「まあ、気持ちは分からんでもないのう。そもそも、話の出発点が連続誘拐事件の捜査から始まったのですからね。しかし、捜査が進むうちに、ドンドン大物や厄介者が追加されていって、今や国家規模の転覆事件の渦中にいるのじゃから」
本当に、事件の当初からはとんでもない方向に動いたものです。
状況が二転三転したのは事実ですし、リミア嬢も姉の報復のための囮役が、今は公爵釣り出しの餌になっている有様。
困惑するのは当然でしょう。
「予定にはなかった事ですし、アルベルト様、リミア嬢への報酬は弾んであげてくださいね」
「分かっている。国家転覆の武装蜂起を未然に防げたのなら、文句の付けようもない大手柄だ。“口止め料”も含めて、ボーリン男爵家への褒賞は出す。なんなら、良さげな家への縁組を組んでも良いぞ」
「あ、それは結構です。もう私はヌイヴェル様に捧げましたので」
「待て待て待て待て待て、リミア嬢よ、差し出されても困るのですけど!?」
何を突然言い出すかと思えば、この娘は。
娼婦としても、魔女としても、弟子を取るつもりはないのですよ、私は。
それとも、このままお針子として雇い入れろと?
それこそ、ボーリン男爵に何を言われるか、分かったものではありませんね。
(どうにかして、丁重に御帰宅願わねば……。もちろん、下町言葉やなんかの過激な言動を修正した後で)
さすがに股間を蹴り上げながら「クソ野郎!」はマズいですからね。
貴族のお嬢様が使う言葉ではありません。
魔女としての挑発、それ以上でもないのですから。
「まあ、それはさておき、リミア嬢、今度という今度は本当に危険な状況だぞ。なにしろ、敵の邸宅に飛び込むのだからな。本当に良いのか?」
アルベルト様としても、一応の確認です。
すでに私の策で動く気満々なのですが、肝心の餌を用意できなくては話になりません。
最悪、ジュリエッタを囮に使おうとも考えましたが、絶対に嫌がるでしょうからね。
厄介事は御免だ、とか言って。
そもそも、リミア嬢がここまで付き合ったのも、姉への報復という明確な目標があったからに他なりません。
もはや誘拐事件の枠を飛び越えてますので、これ以上付き合わせるのも、さすがに気が引けるというものです。
しかし、私やアルベルト様の不安を他所に、リミア嬢は力強く頷いてきました。
「今更ですね。乗り掛かった舟ですから、最後まで乗船いたしますわ」
「強い娘だ。気に入ったぞ。なんなら事件が片付いてから、プーセ子爵家に養子に来ないか? その胆力、行動力、順応性の高さ、“髑髏の番犬”を継げるやもしれん」
「過分な評価、痛み入りますが、どうせ継ぐなら“魔女の後釜”の方が良いです」
「やれやれ、フラれてしまったか」
イケメン貴公子の空虚な笑いが、その口から漏れ出ました。
確かに、リミア嬢の今回の事件で見せた冴えの数々は、今後の事を考えますと、鍛えておいて損はないかもしれません。
子爵家の継嗣には成れずとも、相当腕利きの工作員には仕上がるかもしれません。
アルベルト様が目を付けるのも当然でしょう。
(しかし、私に弟子入りする気満々なのは、どうにかしませんとね)
面白そうではありますが、魔女に、娼婦に、男爵夫人と、色々と忙しい身の上ですからね。
お嬢様のご期待に添えるのは難しいかもしれませんね。
まあ、それもこれも、今回の事件を無事に解決してからの話です。
勝利の美酒に酔えるのは、勝ちを拾ったものだけでございます。
そして、事態は未だに流動的。
罠を張りつつ、あちらの罠や策を看破しなくてはなりませんから。
ああ、本当に忙しない事ですわ。