7-39 少女が振るう怒りの鉄拳
集合場所に指定した村は、街道から少し離れた位置にあります。
特に何の変哲もないどこにでもありそうな農村ですが、すでに事前買収は完了しているようで、村に着くなり、村長と思しき男に村外れの納屋へとご案内。
そこの横に馬車や馬を停め、まずは一息。
「取り決め通り、ここの納屋は好きに使って結構です。今夜、ここで起こった事は村人全員、都合よく忘れますのでご随意に」
そう言って村長は軽い挨拶の後、納屋から去っていきました。
荒事になるかもしれないと、すでに察しているのでしょうが、それ相応の“鼻薬”を嗅がせているようで、まあ大丈夫でしょうね。
そうこうしている内に、村へと兵士の一団を率いて、アルベルト様が到着なさいました。
と言っても、今は仮面を被り、誰だか分からないようになっていますが、漂う気配は私の良く知るそれであり、何より、先程その力を振るったであろう“黒い手”もまた見えています。
もちろん、“黒い手”は再封印を施されているようですが。
「待たせたな。“狩り”の成果は上々だ」
「クソ! 離しやがれ! 私は伯爵だぞ!」
暴れて喚きながら連れて来られたのは、先程情けない姿で逃亡したカーナ伯爵マッサカーですね。
縄で縛られ、兵士にがっちり脇を固められ、身動きが取れないながらも、必死で体を捩り、縄を解こうとしますが、無駄なあがきですね。
『処女喰い』の片棒を担いだ報いであり、いい気味ですわね。
他にも、例の御者の姿も見えました。
こちらは神妙にしている、というよりかは放心状態のようです。
何かに怯えて、ガタガタ震えております。
まあ、理由はおおよそ察しますが。
「アルベルト様、この二名だけですか。他の者は?」
「森に帰ってもらった」
抑揚もなく、ただ淡々と述べられる言葉は、まさに死神ですわね。
アルベルト様の黒い手、すなわち【加速する輪廻】は物質の腐敗速度を超加速させる秘術。
掴んでしまえば、いかなる物も土塊へと変えてしまう。
森へ帰したとは、“そういう事”なのです。
「まあ、確かに、この二人がいれば、証人としては十分でありましょうか」
「こちらも人手が限られている上に、十人全員と面と向かって“お話合い”をするのも、それはそれで面倒でな」
「それもそうですね。いやはや、毎度の事とは言え、お務めご苦労様です」
「この程度では、労苦の内にも入らん。それに、今回の件で言えば、魔女殿の御助力で、思った以上の大物がかかったからな」
現行犯で問題の伯爵を捕縛できたのですから、事件を捜査する側としては楽でよろしいですわね。
むしろ、ここからが本番とも言えますが。
「さて、カーナ伯爵よ、覚悟はよろしいかな?」
「……何の話かな?」
「無論、ヴォイヤー公爵家のコジモとの密な関係についてだ。もちろん、ネーレロッソ大公側との密約についても、な」
「…………ッ!」
「顔色が変わったな。残念だが、こちらを甘く見過ぎていたようだな」
淡々と脅しをかけるアルベルト様は、いつ見ても背筋がひんやりしますわね。
これ見よがしに黒い手(封印中)を見せ付け、洗いざらい吐き出せと脅迫する様は、まさに死神そのもの。
凛々しいお顔が仮面で隠れているのが、勿体ないくらいですわ。
しかし、ここで予想外の出来事発生!
後ろに控えていましたリミア嬢が前に進み出たかと思うと、あろうことか、カーナ伯爵の頬を思い切り引っ叩いたのです。
パシィィィンッといい音を響かせ、周囲を唖然とさせました。
私自身も含めて、完全な不意討ちであり、全員が目を丸くして驚きました。
「よくもお姉様に酷い事をしたわね! このクソ野郎!」
口汚く罵ったかと思えば、今度は足を振り上げ、それが相手の股間に直撃。
伯爵は悶絶しながら、前のめりに倒れて、打ち上げられた魚のごとく、ピクピク痙攣する姿はなんとも情けない。
しかし、リミア嬢の怒りは収まらず、倒れた伯爵の後頭部を何度も踏み付け、息荒く容赦ない追撃の連続。
その反動で、被っていた鬘も落ちてしまいました。
そして、少女の本来の姿を見るなり、側で怯えてきた御者もすぐに気付きました。
「あ! お前は、ボーリン男爵のところの!」
どうやら御者の方も、リミア嬢の顔を覚えていたようですね。
姉のクレア嬢を誘拐する際、送迎のために屋敷へ馬車で訪れていましたからね。
その時の記憶が甦ったのでしょう。
やはり、化粧や鬘で変装を施しておいて、正解だったようです。
「あなたもよくもやってくれましたね!」
「ひぃぃぃ!」
「懺悔なさい! そして、地獄へ落ちていきなさい!」
そして再び、リミア嬢の蹴りが炸裂!
またしても股間を的確に捉え、こちらもまた前屈み。
当然のように何度も踏み付けられたかと思えば、襟首を掴んで無理やり引き起こし、今度は握り拳までお見舞いする始末。
その鬼気迫る雰囲気には、誰も立ち入れない。
アルベルト様も思わず苦笑い。
「……拷問する手間が省けたかもしれんな」
などと宣って、少女にボコボコにされる二人の男を、蔑みと哀れみが同居した視線をぶつけ、完全に高みの見物ですわね。
しかし、そうも言ってられないのがこの私。
(どうしましょう。この状態のリミア嬢をボーリン男爵の下へ“返品”しましたら、娘が不良になったと怒られますわね)
本当にこれはいけません。
事件の解決の目途が立ってきた今となっては、こちらの方が深刻な問題です。
魔女にかどわかされたと噂が立っては、いささか困りものです。
男を騙して引っかける、これは魔女としては本懐なれど、少女をかどわかして悪の道に進ませる、これはさすがにダメ。
私の着飾らせる“悪名”の中に、余計な異物が入り込むようなもの。
(あくまで、悪党を懲らしめるのが本来の姿。無垢な少女をかどわかしたなど、魔女を形作る姿にそぐわない!)
ああ、本当に困りました。
意図せず不良娘に仕立て上げてしまったのは、我が痛恨の一事ですわ。




