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7-36 人を騙すという事

 賊は去りました。


 魔女の呪いに恐れをなし、何の成果を得られず、一心不乱にとんずら。


 ああ、情けないったりゃありませんわ。



(まあ、『処女喰い』などという低俗な遊びの耽っていた連中ですし、当然と言えば当然ですわね)



 はっきり言えば、あまりに低次元なお話です。


 うら若き乙女だけを付け狙う理由は、大きく分けて二つ。


 一つは処女という存在が持つ神秘性。


 穢れを知らぬ乙女は無垢な体だけに、穢れなき生命力を宿していると考えられており、昔から生贄と言えば、無垢な乙女と相場が決まっております。


 その神秘性にあやかり、処女を食らう事により力を得るという低俗な発想。


 今一つは、歪んだ支配欲の発露。


 さながら小動物を虐めるがごとく、少女をかどわかし、泣き叫ぼうが無理やり力でねじ伏せ、自らを押し付ける。


 これすなわち、相手への支配。


 本来であれば男女間の機微にて、相手を惚れさせるのが通常の恋愛なれど、それを一方的に押し付けるのが『処女喰い』の一面。


 大人の女性では上手くいかずとも、幼い少女であれば支配するのも容易い。


 なんという未熟で幼稚な発想でありましょうか。



(身体だけは一人前に大人になった子供の悪戯。もちろん、被害にあった側はたまったものではありませんけどね)



 とは言え、今回の件はまずおしまい。


 逃げた先にも罠を張っておりますので、どう足掻こうとも逃げられません。


 今までの悪行の報いを受けてもらう事になるでしょうね。



「さてっと……。リミア嬢、もう出てきても大丈夫ですよ」



 私が馬車に向かって声をかけますと、座席の板が外れ、中からリミア嬢が出てまいりました。


 さすがに狭かった上に息を潜めておりましたので、出てくるなり大きく深呼吸。


 よく頑張りましたね。



「……って、ヌイヴェル様、裸! 裸!」



「ん? おっといかんいかん、服を脱いだままでしたわ」



 リミア嬢の指摘で、まだ裸だったことに気付き、脱ぎ捨てていました肌着を拾って身に付けました。


 更にチュニックにも袖を通して、これにて元通り。


 と、そこへ、いくつもの松明を担いだアゾットと、オノーレがやって来ました。


 二人は横に広い棒を担ぎ、それに松明を十数本括りつけて、歩いてやって来たのです。


 遠くからは何十人も近付いて来ているように見えましたが、実際にやって来たのは二人だけ。


 じきに日暮れとなる夕闇の森だからこその、視界不良による誤認。


 遠目には人影は見ずとも、輝く松明だけははっきりと見えますからね。



「二人とも、ご苦労でした」



「御二方とも、ご無事で何より」



「なぁに、お前達がドンピシャのタイミングで松明に火をつけたからのう」



「いえいえ、私は先回りして、用意していた明かりを灯すだけにございましたので、実に楽な仕事でございましたよ」



 アゾットは軽く会釈した後、担いできた松明を消していきました。


 オノーレもまた二本だけ残して消した後、御者台に残した松明を括り付け、すぐに出発できるようにと馬の調子も確認しています。


 どちらも仕事が早くて結構ですわ。



「ヌイヴェル様、本当に賊は逃げ出してしまいましたね。こっちに来ていたのは二人しかいないというのに」



「そうですわね、リミア嬢。明かりは本物です。表向きは大事にしたくはないので動かせる兵に限りがあったため、こちらには二人しか配せず、実は穴だらけの包囲網。されど、相手は幻を見た。偽物、幻なのは、明かりを兵士と勘違いした“人の意識”にございますよ」



 実際、“検問”にて兵士の姿を見せてございます。あれが前にもいると相手が思っただけの事。


 私の“すり替わり”から始まりまして、長々と楽しいお喋りで時間を潰し、その合間に“検問”を意識させて偽りの兵士を頭の中に刷り込ませ、黒死病ペストで正常な判断力を奪い、最後は明かりを灯して偽りの兵士を頭の中に顕現させる。


 幾重にも用意いたしました私の詐術にございます。



「まあ、今回の策で一番怖かったのは、直感や勢いだけで動かれること。これをされては丸腰ゆえ、対処はできません。そこは魔女の三枚舌の出番にございます。驚かせ、怒らせ、挑発し、相手の思考を奪い取る。視野狭窄と意識の誘導、これこそ我が魔術の正体にて。もっとも、見せたいものを見せて楽しませて差し上げるのは、我が本分たる娼婦の御業にございますが」



 お客様にご満足いただくのが、娼婦たる私の務め。本日のお客様は今抱き締めておりますこのお嬢様にございます。


 約定通り、賊は阿鼻叫喚の地獄へ叩き落しました。


 もっとも、あの世への案内役は手の黒い貴公子にございますが。



「よいですか、リミア嬢、例え一から十まで全てがデタラメであろうとも、それを真実だと相手に錯覚させることを“謀略”と呼ぶのでございます。一番上手いやり方は、真と偽を織り交ぜる事」



「嘘と本当を一緒に並べて、相手に見せるという事ですか?」



「そうそう。すると、真に引きずられて、偽まで真だと思ってしまうものなのです。人の頭とは、都合の良い真実を勝手に組み立ててしまうものなのですから、それに気付ける者とそうでない者とで、勝負の明暗が分かれるのでございます。今は難しくとも、そのうち分かるようになりましょう」



 もっとも、そのようなことに頭を煩わせることなく、平穏無事に人生を全うできるのが幸せなのかもしれぬがな。私は自ら進んでこの道を選んだゆえ、今更平穏などは求めはせぬが、リミア嬢、あなたはかような道を選んではダメですよ。



「ヌイヴェル様、馬車の方は大丈夫でございます! いつでも動かせます!」



 オノーレも馬や馬車に異常がないかを確かめてから声をかけてきました。


 仕事が早くて結構結構。



「よし。ではこちらも戻るとしますか。アルベルト様との合流地点まで……」



 その時、ぎゃぁぁぁぁぁぁ、という悲鳴が飛んでまいりました。


 恐らくは、先程の逃げた賊が、アルベルト様の待ち伏せにやられたのでございましょう。



(真っ直ぐ街道を逃げますと、ディカブリオの部隊と出くわす。夜の森を踏破するのは危険なため、逃げ道に迷う。しかし、そこは道路事情に詳しい御者がいる。小山に抜ける脇道があると提案し、そちらへ逃げる。息絶え絶えで坂道を登りきったところで、アルベルト様とご対面。地獄ゲヘナへの案内役は、魔女では無く死神でございましたわね)



 あわれ、土塊つちくれとなった賊達。


 もちろん、同情などは一切ありません。


 『処女喰い』の報いを受けただけですからね。


 証人は確保。現行犯なので、言い逃れは不可能。


 あとは前後の事情をきっちり話してもらい、ヴォイヤー公爵家の関与を吐いてもらえれば一件落着と言ったところでありましょうか。


 間抜け面を晒す伯爵を拝みに、いざ馬車よ、街道を行くがよい。

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