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7-31 御者の心中 後編

※注 この話、『御者の心中 前後編』は視点が御者の男になります!


魔女ヌイヴェルは不在です!



                ***

 いや~、順調順調。


 これほど楽な仕事もなかなかないわな。


 公都キャピターレゼーナの中心街チェントロチッタはお貴族様専用の居住区で、一般人は入れない。


 入れるのは貴族とその邸宅で働く使用人、あとは許可を得た商人とかだ。


 今回の送迎は依頼主の貴婦人の邸宅からだったから、許可証はすでに発行済みで、街に入るための通用門は、入る時も出る時もすんなり通れた。


 たまに面倒な身分照会などに出くわす時もあるが、今回は楽勝だった。


 あとは都を離れて街道を進み、目的地へ向かう道中で“襲われたら”任務終了だ。



(しかし、あの貴婦人、慣れているようでとんだ間抜けだぜ。わざわざ誘拐事件の事を言及しながら、自分がやられるとは考えないんだもんな!)



 依頼主の計画では、巷で細々とだが噂になっている少女連続誘拐の犯人に襲われた事にして、現在送迎中の娘が行方不明になった、という体に持って行くのだそうだ。


 お貴族様に売り払った事を偽装するために、狂言誘拐をでっち上げ、人身売買を消してしまおうって寸法だ。



(バカなこった。その送迎と狂言誘拐を依頼したのが、まさか本物の誘拐犯の一味だとは思わねえだろうな! 傑作だぜ、こりゃあ!)



 代金はそのまま懐に入れ、運ぶ御嬢様(しょうひん)は別の所へ納品。


 あとはまたとんずらこいて、地下に潜ってほとぼりが冷めるのを持つ。


 それが伯爵様からの指示だ。


 前と同じ。経験済みだからこそ、すんなり事が運ぶ。



(こりゃ、美味い仕事だぜ。もしかしたらば、またおこぼれに与れるかもな!)



 馬車の中のお嬢様は、これまたなかなかの上玉だ。


 あと二、三年もすれば美人になりそうだが、そうなる前に開かぬ花を手折るのもまた楽しみってもんだ。


 お貴族様の高尚な趣味とやらも、案外悪くないかもな!



(……って、あれは、検問だと!?)



 進む道の先に治安部隊と思しき武装集団が待ち構えており、道行く者を呼び止めては何か話を聞いていそうなのが見えた。


 見えにくい場所にあったため、視認が遅れたのは失策だ。


 互いにその姿を確認してしまった以上、今更の進路変更は却って疑念を招く。


 こういうのは堂々として、はっきりと受け答えをするのがいいんだ。


 下手にビクついていたら、それだけで怪しまれるってもんだ。



(それに書類は本物だし、運ぶ荷も普通のお嬢様だからな。何の心配もねえ!)



 そう判断したからこそ、堂々を馬車を進め、検問の前まで進み出た。



「止まれぇ~!」



 検問の責任者と思しき隊長が呼び止めてきた。


 これまた結構な偉丈夫で、やたらとデカい。



(いるんだよな~、威圧目的の筋肉アクセサリーが。こういうのを一人配しておくだけでも、やましい事がある奴がビクついてぼろを出すんだ)



 さながら熊かゴリラかというほどの大男だが、恐れるものはない。


 制止の動きに合わせて、こちらも馬車を停める。



「あ、これはお務めご苦労様です。検問を張られているとは、何か問題でもありましたか?」



 やましい事が“今のところ”はない以上、ビクつく事は何もない。


 ハキハキ答えるのが、相手の心象もよくなるってもんだ。


 運び屋稼業も慣れてんだ。なめんなよ。



「うむ。匿名のタレコミ(・・・・)があってな。武装蜂起クーデターの話と、そのための武器密輸が行われているという情報が入った。そのため、いくつかの街道に網を張っているというわけだ」



「それはそれは。お務めご苦労様でございます」



 若干焦ったが、俺らの件とは違う案件で検問を張っていたようだ。


 にしても、武装蜂起クーデターって、また大事じゃねえか。


 商売に差し障るし、ガセであってくれるのを願うぜ。



「それでこの馬車は武器や御禁制の品、あるいは“商品としての人間”なんぞは、運んでいないだろうな?」



「もちろんでございます! こちらは善良な商人、というか雇われ御者でして、そのような物騒な話とは無縁でございます」



 疑念を晴らすために、運行表を差し出す。


 こいつは本物だし、運ぶ荷も“今は”平穏無事だ。


 やましい点は何もないぜ。



「ふ~む。仕事は、貴族令嬢の送迎か……。特に問題はなさそうだが、一応、中を確認させてもらうぞ」



「はい、少々お待ちを」



 そう言って、俺は馬車の扉を叩いた。


 すると、扉が開き、中から送迎しているお嬢様が出てきた。


 馬車から下り、開いている扉を閉めた。



「あら、もう到着ですか?」



「いえ、密輸団が跋扈ばっこしているとの事で、治安部隊の方々が検問を張っているのでございます、お嬢様」



「まあ、物騒ですわね。兵隊さんもお勤め、ご苦労様でございますわ」



 堂々な立ち振る舞いと、礼に則った挨拶。


 さすがは少女と言えども、貴族のお嬢様だ。作法が行き届いている。


 普段見ている裏路地のガキ共とは、雲泥の差だな、こりゃ。



「これはお美しい御令嬢フィーギァ、お騒がせして申し訳ございませんでした」



「いえいえ、人々が安心して街道を行き来できるのも、ひとえに皆様の働きあってこそです。気になさることはありませんわ」



 軽い談笑を始めた隊長とお嬢様だが、これはこれで好都合だ。


 本物の書類に、本物のお嬢様が揃っているのだ。


 疑う余地などまるでない完璧な擬態。



(フンッ! いい気なもんだな、お嬢様。こいつらが役立たずの能無しだからこそ、俺が一向に捕まらないんだぜ!)



 俺は心の中で二人を罵倒しておいた。


 後でたっぷり可愛がってやるから、覚悟しておくんだな、お嬢様よぉ!



「ああ、失礼、まだ移動の道中でしたな。呼び止めてしまい、申し訳ありませんでした。どうぞ、お進みください」



「はい、ありがとうございます、兵隊さん」



 ここで会話が終わったようだ。


 とりとめもない世間話だったが、まあ一切の疑いもなく検問を抜けられるのは、お嬢様の功績だな。



(全く報われない功績だけどな!)



 心の中で舌を出しながら、そんな態度は一切表に出さず、今は送迎の仕事だ。


 俺は馬車の扉を開けると、お嬢様が乗り込み、座席に腰かけ、また笑顔で手を振る。


 隊長も会釈してそれに応じ、俺は扉を閉めた。


 そして、御者台に乗り込み、馬に鞭打って、再び街道を行く。



(とんだ道草になったが、まあ問題なく過ぎたし、良しとしよう)



 後は街道を進んで、事前に計画しておいた地点でお嬢様をカーン伯爵様に引き渡せば完遂だ。


 さてさて、急げよ、馬よ。


 さっさと仕事を終わらせて、酒でも飲んで、女を抱きたいもんだ。

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