7-30 御者の心中 前編
※注 この話、『御者の心中 前後編』は視点が御者の男になります!
魔女ヌイヴェルは不在です!
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(さて、いよいよだな~)
などと思いつつ、俺は馬車を走らせながら、何かもが順調に推移している事に機嫌を良くして、ついつい鼻歌でも口ずさんでいたくなる気分だ。
なにしろ、今日の仕事は楽な上に、報酬も期待できる内容だからな。
俺の人生ははっきり言って、冴えないもんだ。
どこにでもあるような平凡な農村に生まれ、実家が半農半畜の貧しい家だった。
土地は痩せていて大した作物は育たないし、家畜と言っても貧相な乳牛が二、三頭と、後は村の領主の馬の世話をやっていた程度で、稼ぎは少ない。
そんな生活に嫌気がさして、街へと飛び出したが、大した仕事があるわけでもなく、結局は口入屋から日雇いの仕事を斡旋してもらって、どうにか食い繋いだ。
そんな折に天然痘にかかっちまって、危うく死にかけた。
幸いにも命は長らえたが、代わりに顔に大きな瘢痕が残ったのがケチの付き始め。
あれ以来、気味悪がられて、女が全然寄り付かなくなった。
男からも「人相が悪い」なんて陰口を叩かれる始末だ。
そんな折だ。偶然出会ったカーナ伯爵様が俺を拾ってくれたのは。
顔が醜かろうが、仕事をやってくれるのであれば問題なし、という感じでな。
んで、その仕事って言うのが、“密輸”の運び屋だったというわけさ。
伯爵様は小遣い稼ぎのために、法律で禁じられている品を“自分の馬車”を使って、公都に運び込んでは、密かに売っていたというわけだ。
貴族の馬車ともなると、荷改めなんかは滅多にないから見つからないし、そもそも“隠し棚”に荷を仕込んでいるからバレやしない。
とは言え、危険な仕事である事には変わりないし、そんなわけで俺みたいなあぶれ者を使っているのだ。
表向きは伯爵家の厩舎番として雇われ、裏では運び屋をやる。
それが俺というわけだ。
ところが、半年ほど前から積み荷の中に“人間”が混じるようになっちまった。
どこぞで攫ってきた少女を縛り上げて馬車で運び、あろうことかヴォイヤー公爵様の別邸に運び込むようになったんだ。
聞いた話だと、前々からこういうのをやっていたんだが、「そろそろお前も信用できるくらいには使い込んだからな」ということで、その仕事も回されてきたってことだ。
密輸どころか、誘拐にまで手に染めたんだし、見付かりゃ確実にお縄もんだ。
だから、迂闊に喋れないし、口止め料代わりに報酬の払いも良くなった。
おまけに顔の傷のせいで女にも全くモテないから、女を抱く機会にも恵まれるようになったのは最高だ。
しかも“タダ”で!
と言っても、まだ熟れてない少女だし、公爵家の嫡男コジモ様や伯爵様が楽しんだ“残りカス”だが、それでも満足だよ。
役得って言うのかね、こういうのは。
前なんかは今回みたいに、貴族のお嬢様を攫ったからな。
ちょいと伯爵様の若様の乗馬の訓練をしてくれってんで、公都の屋敷から郊外の伯爵領へ出張ってたんだが、急に呼び戻されて臨時で馬車の御者をやれってんだ。
その馬車がボーリンとかいう男爵家の手配で、それにお嬢様が乗るんだとさ。
詳しい状況を探るため、口入屋に潜り込めって言われた時はどうしたもんかと思ったが、結果はバッチリだったな。
馬車の予定表を上手く手に入れてその情報を伯爵様に流し、同じ口入屋に所属する俺以外の御者には”休んで”もらうために、差し入れに下剤を混ぜてやったさ。
そして、俺はまんまとお嬢様を送迎する事になり、あとは襲撃されたふりをした。
へっへ、普段お高くとまった貴族のお嬢様が助けを求めて泣き喚く様は、実に良かったぜ。
俺に回ってきたときはすでにぐったりしていたが、まあ、十分楽しませてもらったさ。
その後は“裏”の娼館に流せって事だったが、そっちへ送る際に事故っちまって、そのお嬢様は行方不明になっちまった。
あとで伯爵様に怒られた挙げ句、しばらく潜ってろってことで、あちこちの口入屋を渡り歩いたもんだ。
まあ、曰く付きの所やなんかが多かったが、それだけに事情を察してくれたってもんよ。
少しばかり鼻薬を嗅がせておけば、まあ、安心ってもんだ。
そんで潜んでいる時に、たまたま滞在していた口入屋から、今回の仕事の情報が舞い込んできた。
前と同じ、貴族のお嬢様の送迎だ。
ただ、前回と違のは、今回は“人売り”が目的。送迎って言うよりかは、それに擬態した運び屋ってことだ。
伯爵様の密輸の運びをやっていることもあったし、まあ、手慣れたもんよ。
ただ、運ぶのが“物”ではなく、“人”ってだけだ。
依頼主の貴婦人も、これまたろくでなしの悪党で、なんでも姉の忘れ形見である娘っ子を、どこぞの御貴族様に“年季奉公”名目で、送り出すって事なんだとさ。
借金残した姉が悪い、とか言ってたけど実際のところ、どうなんだか。
とはいえ、裏の業界にも通じているようで、その辺りの作法に心得もあったし、金払いも良かった。
だから、引き受ける素振りをして時間を稼ぎ、すぐに伯爵様へ一報を入れた。
潜んでいろって事だったが、獲物が飛び込んできた以上、知らせずに黙っていて、後で大目玉ってのか勘弁だもんな。
そして、帰って来た返事は、「直ちに請け負え。コジモ様がお待ちだ」とさ。
ああ、御貴族様も高尚な御趣味にお熱のようで、こっちも忙しないね。
まあ、残り物とは言え、貴族のお嬢様をまた抱けるかもしれねえし、上手い話を持ち込んだって事で、褒賞でも貰えるかもしれねえから、きっちりやらせてもらうぜ。
なにしろ、高嶺の花である貴族のお嬢様なんて、俺みたいな庶民には縁のない話だもんな。
顔が良ければ、“男性娼師”なんて身分で、男日照りの貴婦人を相手にする事もあるんだが、傷顔の俺には縁のない話だ。
そう言えば、高級娼館として名高い『天国の扉』には、超絶美人の男爵夫人が働いているって、噂話で聞いた事があるな。
貴族の御夫人が娼館勤めとは、余程お金に困っているのかね。
それとも、ただの好き者かもしれないな。
まあ、どっちにしろ、俺には縁のない話だ。
そんな上玉を抱く機会なんてないだろうさ。