7-29 出発
あっと言う間に三日間が過ぎました。
その間、ずっとこちらも大忙しです。
策は立てども、準備はその間に済ませねばなりませんので、アルベルト様も、ディカブリオも、アゾットも、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。
私は私で使う小道具に細工を施したり、あるいはリミア嬢への演技指導です。
(まあ、今更ですが、リミア嬢は貴族のお嬢様としては、“二流”と“三流”の間くらいですからね)
彼女の家であるボリーン男爵家は貧しい家門です。
貴族と言えど、裕福な者ばかりではございませぬ。
領地の経営には金がかかるもの。大した収入もなく、財を蓄える余裕のない者もそれなりにございます。
ボーリン男爵様もそんな一人。
家臣とはすなわち、その家に雇われている者の事。ですが、それには忠誠と労働の対価として、俸給を与えねばなりませぬ。
そんな余裕がないのなら、給仕も料理人も庭師も雇えませぬ。
現に、男爵様のお屋敷は人手が少なく感じましたし、二人の娘には針仕事や料理を日頃からやっていそうな痕跡が“手”にございました。
貴族のお嬢様であっても、普段から“仕事”をやっていたのです。
家臣に傅かれて悠々自適な日々を過ごす、というわけではない。
ゆえに、貴族のお嬢様としては“力”が強すぎるというわけです。
本当の上流階級のお嬢様は、食事道具より重たい物を持った事がないというのもザラですからね。
(疑惑の種は徹底的に消す。姉のクレア嬢も同じ立ち位置であり、そこから同種の存在を嗅ぎつけられないとも限りません。ですので、リミア嬢には完璧な貴族のお嬢様になっていただきました)
ドレスを身に付け、優雅に馬車へと乗り込む様は、付け焼刃としては上々の仕上がりです。
少々ガサツだった動きも、今では完全に御令嬢のそれになっています。
身も心も、健全なお嬢様に成りきっています。
我ながら完璧な仕上がりだと、感心する次第です。
「では、叔母上、行ってまいります」
車窓からにこやかな笑みと共に、リミア嬢が軽く会釈してきました。
“設定”としましては、亡くなった姉の娘を引き取った、という事にしてありますので、役柄としては私が意地悪な叔母であり、売り飛ばされる(当人は知らない事になっている)哀れな姪っ子というわけです。
御者を騙すため、磨きをかけた演技ですので、決して見破れませんわ。
当然、化粧や鬘を用いて、普段の容姿はしっかりと隠していますし、決して見た目でもバレたりはしません。
「ええ、行ってらっしゃい。くれぐれも子爵様に粗相のないようにね」
こちらもにこやかな笑顔で手を振ります。
すぐ側にいる御者の目線では、凄まじい欺瞞に見える事でしょう。
仲の良さそうな叔母と姪に見えて、その実、年季奉公という名の人身売買で金に換えてしまおうというのですから。
(もっとも、そちらもこちらの上前ハネようとしているのですけどね!)
相手の考えなど、手に取るように分かりますとも。
こちらは笑いながら送り出し、御者はその送迎の途上で伏せていた仲間と共にリミア嬢を誘拐。
こちらは“代金”を受け取りに子爵様と接触を図ると、荷が届いていないとご立腹。
そこで誘拐に気付くというわけです。
その時にはすでに口入屋からは引き上げて、また別の場所にほとぼりが冷めるまで潜む。
こんなところでありましょうか。
(まあ、こちらも娘を売り飛ばそうとしているわけですから、騒ぎを大きくしたくないからと、形だけの捜索願を治安当局に出して泣き寝入り。そう考えているのでしょうけど、そうはいきませんよ)
なにしろ、リミア嬢を生餌として、誘拐の現場を押さえる手筈ですからね。
動ける人員を総動員して、かつてない規模での大捕り物です。
馬車は針であり、リミア嬢は餌。後は間抜けな魚が食らいつくのを待つだけです。
「では、御者さん、くれぐれもよろしくお願いいたしますね」
「へい、承知しております」
あちらも、こちらも、嘘だらけの情報を出し合い、互いに出し抜くつもりです。
しかし、すでに情報戦では、こちらが圧倒的に優位。
(なにしろ、もう“握手”はしておりますからね)
私の秘術【淫らなる女王の眼差し】は、肌の触れ合った相手から情報を引き出す術。
握手程度では抜き出せる情報に限りはありますが、すでにそこから事件の大元の主犯はヴォイヤー公爵家の嫡男コジモ様と知れています。
目の前の御者も、流れの雇人に見せかけた、カーナ伯爵の手の者。
そして、カーナ伯爵はヴォイヤー公爵の腰巾着。
(そう、ここまでの情報が揃えれば、あとは証拠固めに動くのみ。この捕り物もその一環)
何食わぬ顔で送り出し、走り出した馬車に手を振って、見えなくなるまでその場で待機していますと、物陰からオノーレが出てきました。
我が家の厩舎番であり、馬の扱いに長けた者です。
実際、馬を二頭、率いていますね。
「よし、馬車は出た。こちらも動きますよ」
「はい、ただちに!」
私はササッとスカートを剥ぎ取り、中から出てきましたのはズボン。
馬に乗るのには、スカートではやりにくいですからね。
更に乗馬用のブーツに履き替え、それからひらりと馬に跨りました。
「では、オノーレ、お前はアルベルト様に馬車が出立した旨を伝え、しかる後に予定の地点で待機なさい」
「そして、合図と同時に動く、と」
「そうそう。私も予定通り、ディカブリオの所へ行く。急ぎますよ!」
「承知しました!」
そして、私もオノーレも馬に鞭を打ち、それぞれの目指す場所へと馬を走らせる。
さあ、楽しい楽しい復讐劇の始まりですわよ♪




