7-24 おとり捜査(1)
教会で思わぬ時間を費やしました私は、急いで馬に乗り、自身の住処である“魔女の館”へと急ぎました。
公都ゼーナにあるアルベルト様の“隠れ家”を後にし、港湾都市ヤーヌスにある『魔女の館』に直帰する予定が、思わぬ足止めを食らう羽目に。
高級娼館『楽園の扉』での予約取り消しの件を不審に思ったヴェルナー様が、辻説法しながら待ち伏せするというまさかの事態。
止む無くまたしても嘘で嘘を固める誤魔化しをするハメになりましたが、結果として最上の切り札が手に入った点は僥倖。
今回の連続誘拐事件の主犯と考えておりましたヴェルナー公爵家の嫡子コジモが、あろう事かその件を懺悔室にて告白し、ヴェルナー様の耳に入っていたのです。
ただ、守秘義務の件がありますので、捜査が行き詰った際の最後の切り札にすると、ヴェルナー様には動かぬよう説得しましたが、あの行動力満点のあの御方の事。
時間をかけ過ぎますと、勝手に動かれそうで怖い。
急いで事件解決に動かねばと、急かされているような気分です。
魔女の館に戻り、厩舎の前で馬を停めると、オノーレがやって来ました。
厩舎番にして、馬車の御者であり、我が家では馬に関する事を一手に引き受けてくれる男です。
「お帰りなさいませ、ヌイヴェル様。皆、揃っておりますよ」
「余計な道草で時間を取られましたからね」
「それにアルベルト様もお越しになられています」
「それはいかん。こちらが先に出たというのに、待たせてしまうとは!」
いやはや、公都ゼーナをこっちが先に出たというのに、この屋敷に着くのがアルベルト様が先になるとは、思っていた以上に懺悔室で時間を費やしていたようですね。
私同様、アルベルト様も解決に向けて急かされているとも考えられますが。
急ぎ足で皆が集まっているという今に顔を出してみると、確かに顔触れが揃っていました。
上座にアルベルト様が座り、他に従弟のディカブリオと従者のアゾット、それにミリア嬢が並んで座っていました。
ジュリエッタはまた今の時間ですと、お店の方ですわね。
「すいません、お待たせいたしました」
待たせたアルベルト様に軽く会釈し、私も席に着きました。
「遅かったな。先に着いてしまい、魔女殿の姿が見えないから、誰かにかどわかされたのかと思ったぞ」
「アルベルト様、前にも申しましたが、中古品の私には目もくれませんわ」
「姉上はいつまでもお美しいです!」
ディカブリオの擁護は嬉しく思いますが、今回の場合は見た目の美醜ではなく、新物か古物かという点が問題なのですよ。
そんな“処女”などという価値のないものは、とっくの昔に捨てております。
しかし、それを有難がる者もいるのもまた事実。
(それこそ、無意識化の潜む魔術的要素の残りカスみたいなものですけどね)
処女は生命の神秘と純潔性を意味し、それだけにかつての“供物”と言えば、処女や童貞と相場が決まっておりました。
その名残が、処女性の重要性を意味づけております。
また手付かずゆえの征服欲、独占欲の成就という意味合いもありますけどね。
「では、顔もそろえた事ですし、情報の摺り合わせと参りましょうか」
私は知り得た事を順を追って話していきました。
例の御者は現段階では“裏”に潜み、曰く付きの口入屋に匿われていた事。
そして、そこに身分を偽って仕事を依頼し、どうにか渡りをつけた事。
さらに、カーナ伯爵が実行役であり、その奥にはヴォイヤー公爵家の嫡男コジモが主犯である事。
それら全てを披露しました。
「なるほど。ヴェルナー司祭のところに告解に赴いていたのは、さすがに情報に漏れがあったか。とはいえ、最良の証人を確保した形だな」
私の“道草”の件は、アルベルト様を満足させるのに十分でした。
最難関はなんと言っても、相手が“公爵家”だという事です。
下手に動いては、逆にやり返される可能性が高い大貴族。
おまけにコジモ様はフェルディナンド大公陛下の“又従弟”にあたりますので、捜査はより慎重を期さねばなりません。
そこに降って湧いたような、告解を聞いた教会の司祭という完璧な承認の登場は、捜査を一気に進ませるほどの収穫です。
守秘義務の件さえなければ、このまま一挙に解決となりますからね。
「では、いっその事、秘密をばらしてもやむを得ない状況、これを作り出す方向に注力した方が早いのでは?」
「フフフッ、アゾットも悪党よな。医者にしておくのが勿体ないくらいだわ」
「相手を誘き出す、生餌が必要でしょうか」
「説明しなくても、さすがに分かるか」
アゾットの受け答えに満足しつつ、私の視線はリミア嬢へと向けられました。
当然、他の者も可愛らしい貴族令嬢に視線を集中させますが、当のお嬢様は当然ながら困惑しておりますね。
こちらには少しばかり状況を説明しなくてはなりませんか。
「リミア嬢、状況は分かりますか?」
「えっと……、例の御者が見つかったのですから、そちらを逮捕ですか?」
「それではダメ。場所の特定と見張りを配しているので、逮捕自体は簡単です。しかしそれでは“トカゲの尻尾切り”に会います」
末端の工作員を捕らえたところで、知らぬ存ぜぬを通せばよいだけの話。
一応、例の御者はカーナ伯爵の下で働いていたようですが、どうにも状況を察するに“表向き”は解雇されている模様。
つまりクレア嬢を襲った件は辞職後の事となるので、「こちらとは無関係だ」などと述べられてはやりにくくなります。
「なので、今回やるべき事は、相手側にもう一度犯行を行わせ、その上で現場を押さえるのです。現行犯では、証拠も証人も必要ありませんからね」
「…………! あ、だから私がここにいるのですか!」
「少々酷な話かもしれんが、一番手っ取り早いのが、生餌を使って潜んでいる相手をおびき寄せる、これなのですよ」
「分かりました! お引き受けします!」
説得するまでもなく、リミア嬢は前のめりに賛意を示してくれました。
いやはや姉の仇討ちに燃えているとは言え、いささか猪突の傾向がありますね。
しかし、これで状況がまた一つ動きました。
生餌で獲物をおびき寄せる“おとり捜査”、まずは一段、話が進みましたね。




